貧民街の出身と親は知らせてくれやんだ。お金を汚い触るなと言ったくらいでわたくしを貧民街の出身と母は決していわなんだ。
私は何を言われても失敗してもかまわんだ。誤解は日常茶飯事で当たり前まで行っていた知らず知らずと日本が豊かになっても苦しみを味わう道を選んでた。
信念あると精神病診断書には書かれてた
冬はジャンパー水道管凍れば市役所給水車夏は勿論冷房はなくて川涼み京都の夏はあつくって暑い言うたら金取るとお母さんなど言わはった。
川の横の私の家毎年社会人駅伝土手の道を走ってはった。
私は母がどうしてもしたいんやったらすりゃええやん、言った言葉が気になった私は今年で51貧民街の出身とは歯も磨かんし朝起きて今でも顔も洗わへん昨日顔の黒ずんどう汚れをやっと拭き取った鼻炎も長く続くんが僕と母子寮出身者それにきずくの死ぬ前の?二三日前気づいたん白黒テレビ白黒写真どうしてもしたいんやったらすりゃええやん、ゆうが私は自分自身したいことより人のため人のためにとやってきた死ぬ前に?自覚出来たで素晴らしい文学と言う古い趣味音楽よりも文学を主に私はやってきた

