かすかに覚える幸せにあふれたあの頃
僕にふるさとなどない
カネボウ京都社宅はとっくの昔に壊された母でさえ異郷の人だ。引き裂かれた流転の民…私は誰にもわかってもら得ないからわざとの演技を続けるしかない。しかも幸せなあの頃の記憶はかすかにしかなく自分は演じているというのはそうだが、ホントに思想というものがいつもある私は一時的には自分をホントにそうだと思ってしまうアイデンティティーの喪失というものがタイガー・ウッズのようなお母さんがたいじんであると言う程度のものでなく、アメリカに生まれ育ったタイガー・ウッズの悩みとも違う。私の背中に背負われた荷物はあまりにも大きい。自分で自分を分析するために勉強と研究を重ねるしかなかった。私に性格などない。気が弱い女みたいと言われる中に入れられたこともあるが読むと眉間が痛くなった読書というものを好きになるしかなかった。読書など嫌いだった。自分のために読むしかなかった。大学で学問をする前に私は自分を分析できる学問というものがないと…それはあまりにも苦しくあまりにも理不尽で何回自殺しててもおかしくない私にたった一つ残さ
れた道だった理由をつけて苦労し無駄と誰もが思うことを何度も何度も繰り返すしかなかぢたカリキュラムも授業もなく哲学書と言うものはあまりにも難しく理解不可能なのでNHK第二ラジオの高校倫理を十年以上ききつづけた…わかったのでテープに撮ってテープを全部覚えるまで
私に残された時間は少ない。残された時間に死ぬまでに何かを成し遂げたい

