美しいリズム豊穣の海霧船霧それは源氏物語に始まった連面と続く京言葉の文学だった。





東京のコメディアンに言わせると、大阪人がギャグを言うときの、間の取り方のうまさのように、私のいた左京区養徳小学校二年時の文集には京文学である古典につながる美しいリズムやかかり結び。と呼ばれる古典に見られる技法が見られ



かかり結び。とは現代において兵庫方言のみに用いられる、とされる。
今も私も使ってるが兵庫生まれの両親の多様による影響だ。





食べへんかったら…さえ、いい。


だが、さえ、


といっていて


最後に


いい。


とする


それこそ、あかん

だとか…の

こそ、さえ、

といっといて…結ぶことだ。


文集にあるリズムだけど…


言うたらあかんと言わはった。

だけど私は守れなかった。ごめんな!お母さん!思いきって…謝ったら、お母さんが


いいのよ、あずさ人間は謝ることがよ、

とお母さんが親切に私に
いい。や、はった。


適当に創作もつけて書いたけど僕よう覚えてやへん…でもだいたいはこんなんです。このはった、の使う言うプラスはった、の言い方やけど、みはったら、わかるように最初にはいわはった…とあり、最後には、いいやはった…と、や、を入れることにより…音の数を5から6に増やして音楽がくにいう終止形にして…終わらせているんです…音そうと言う芸者科学の研究をした僕から言わせてもらえれば、言わはったなど…はったの多様の京言葉にも、言うプラスはったで言うたら、言わはった、いいやはった…いあはった、言うてはった、言うたはった…などを感情によって使い分けていることです…そしてこのブログのこの文自体に使ってるけど音の数は、和歌という、韻律と言われる文学における重要な要素です。この文をひらがなに直して数を数えてみてください。私も意識してないけど、うねったり標準語もいれなあかんのがいややけど、入れても数は美しくリズムをうち、またうねって終わりを迎えます。文学のリズムの美しさとは標準語に言われる日本語の美しさとは全く違うと思
います。ごねたような気持ちのときは、あ、を入れていいあはった、音の数は六です。言うてはった、言うたはった…なら同じ六ですが、て…と、たでは違います。満足したような、たらふく食べた、につく…たらふくの、た…のように、普通は言うてはった、て言うても、忘れたけど、言うたはったともいいます…