わざとばっか
私は、能力的にあまりにも高く、わざとばっかだ。
私の芸術科学の研究は、カテゴリーがあり
人相
形相
音相
などと
相が最後について、まあ簡単に言えば、芸術科学とは
占い
心理学
美学
この3つの融合であり
相、という用語事態占い的ー人相手相などー
しかし、美学的側面、心理学的側面もあり、どれが大きなシェア…を占めるかは同じくらいである。
人相なら、私が東京大学日本顔学会会員なように
顔には美醜…かわいいor不細工…それは美学的側面だが、
占い的側面に
人相という芸術科学、ありのままの顔の印象…
簡単にいうと見た感じ…があり
例えば、人は、見かけ、か、心なのか?
着てる服装…人を見かけで判断してはいけません…とはいっても、
芸術科学の人相の占い的側面
いや!芸術科学全体が
見かけ、を研究しているのだ
何が言いたいのか?と言えば、
私を実際に見れば、私はこんな立派な文章を書く人には見えない!と思うのだ。
人相という印象だけで占いというものを、
科学的に行うため打ち出した
概念
は
初期印象差
と
自己信念化
だった。
もちろん見た目の判断上の2つの概念ではあるが、
占い師などーちょっと客の話は聞いても実際の客の家での、ことなど知るわけもなく、見た目で占ってはいる。
しかし占い師という仕事をしてても、よく当たることもあるし、
実際の世間…なぜ?これほどまでに世間の人は見た目通りなのか?
背広を着てる人は立派で芸術家は髭をはやし…
ただ、私を見た場合の印象に
ガタイの大きいわりに歯がない
おじいさん?おっさんなのに16みたいなスタイル
学者にしてはたどたどしいしゃべり方など…ずいぶんと
印象と中身に差がある…
中身のなかの思想は
真実を追うこと
と
人を助けること
だ
初期印象差の差とは、他のひとと比べての差であり、この中身との差のことではない!
さっき見た目と中身は、だいたい同じと思わないか書いたばっかだ
それは、人が
私なら私…あなたならあなたを見た時
表情が変わると思うのだ。まあ見るというと
多くは女性を見るものだし男なんか見たないとも思うが、
表情が、ある人を見て変わったということは感情の変化があったのであり、
次出てくる言葉も、きれいな格好してるのと
汚い格好してるのとでは違う…のだ
人相の芸術科学の占い的側面の研究には初期印象差と共に自己信念かというものがあり、例えば私の歯のないのを見て
印象で悪い人と人が印象は持つみたいだが、思想的には、
真実を追うこと
人を助けることだ
ただ、ほとんどの人…ロボット人間は、それを自己信念化するのであるが、
そうみられやんとこと…なんとなく人は、いい服を着だす
私の思想の表す私には2つあって
一つは印象の私
私は、悪い人でおっさんなのに女目当て
だが
そんなことを子供のいる私が、自己信念してしまったらどうだろう?それは子供がかわいそうであり
自己信念化学してしまったら、こんなんになるだろうが…反面、引き寄せの法則思とることが現実になるとされる…私ははは作ったが入れていない。
それは金…地位…名誉…もなにもなどない歯のない年とったおっさん
でも人を助けること学問の完成を夢を見ている…そしてその思想は現実化するのだ
夢はかなう…と
唇に歌をもち
心に太陽をもて

