男の性欲というものが、単なる女性に対する欲望であると考えにくいのは、今回のような施設においてのことではあるが、私の思想犯とも思える行動というものから、






精神病は、確かに性の不満の現れに過ぎないにしても、男の性欲というものは










産まれたところに帰りたいという






女性性器から産まれたため女性性器に帰りたいという欲望と共に








弟に四歳でお母さんを取られたお母さんという母性は、妻に代用できても、










ふるさとという土地は、



誰にもどこにも代用されるものはない。













狭い京都社宅で、私は両親が弟を作ってた声を覚えている。モンゴル人のゲルという住居では、家族の性行為はもろに見えていてするそうだが、





私は、夜





二回から聞こえるお母さんの声というものに対し





お父さんがお母さんをいじめている






お母さんが、かわいそうだ。






注意をしに布団を立とうとはしたが、どうもいじめられている声ではなかった。









私は、昭和の40年代までの日本の姿が、母性であるお母さんや妻と共に、帰るところ…







父は、





昌宏!あんなんやりたいゆうとった。と学園紛争のやりたいゆうとったといってくれた。







流行ってたインサンという遊びもやりたかった。







三重県で私がいうとやる友はいたが、庭球によるインサンでやった気はせず、ドッチボールのインサンがもっとやりたかった。うまくなりたかった。















足りない何か?男の芸術家、お笑い芸人もネット文化も含めて、偉大な何か







とはそれを表しているものではないか?






人の心を引き付けるものとは、









足りない何か…








女性…ふるさと…母国である日本のことを思っていることが、あらわれていることではないか?














それは自然に現れてないといけない。芸は身をタスク…とはいうが









芸に溺れるとはいい。私は芸に溺れることを避けなければいけないだろう!














しかし、敢えて書かしていただく、









お母さんが懐かしい










子供がいとしい!















海に帰りたい






海に帰りたい!







お前という




暖かな港にたどり着くまで…