いろいろは、思たが、庶民?いや障害者の君たちに応援歌を書こうと思った。










一番年上のuちゃんに思うのは、苦労したね!お母さんと同居?らしいが、妄想では若い嫁を持ち、考え方では私よりヤングで学問がないことは、目に見えてわかったが、古い四日市弁を聞く姿に共感を覚えた。


次に年な沖縄の方は、まず笑わんというところが苦労の人並みでないことと村の少女が売られて泣いていたが、町から帰ってきた時けろっ、としていた、と言う話。


あるときの女は金になると、言いながら奥さんの出産の時、スリッパ片足だけはいて産婦人科に行ったという話。私と同じ年とってからのこに、私のお父さんも大阪に出ました。大阪に出るような人は、純粋と言う私に怒った顔はしてはったが、照れてはったんちゃいまんの?





今朝話したマラソンの陸上部の人に利用者さんだが、ホントにハゲに悪人なしと言ってたkさんに人生を学ぶかのような態度は、素晴らしい。

人はもっと本音で語り合うべきではないか?










私の問題の


親が死んだら、自殺しろ発言も、日永病院ではお母さんが死んだとき自殺がよくあったし、その私の発言にやめてった人もいるが、休みながらも辞めずに続けたし、きっと親が立派なんだろう。







私はとしは言わないが同い年ぽい横浜の港のヨーコ横浜YOKOSUKAの方は、構内暴力時代の同質せいと、実際、原宿で竹の子族で踊ってはったと聞き、沖田ひろゆきとよくしゃべった。とか…




私の最ごの本のだいは、








胸立てて

踊る竹の子

つかんだろか




で、こんな題で良いと言った東京の出版社も出版社だが、



読んでわかるように、

竹の子が入った。







今日しゃべった美しい利用者さんの女性はきれいにしてるし、私の娘の話をすると落ち込むので、私の実家のように割りと厳しい家の感じと、仕事の速さの競争心と打ち解けてきたその姿に、いいと感じている。








きれいと


言えば、アホの病気アホの病気の君だ。




この女性の話題にやはり痴漢問題に触れねばならないだろうが、




私はさわるきもなかったし、もちろん家では女が当ててくる。と嫁に言っていたくらいで私も当ててきたと思っていた。







しかし暗くなると南署に言ったとか聞こえたし、念のために書いといた。




しかし私は社長でもはっきり言って下…いや下…ではない。





学問で下なだけだが、対談では社長の声をあらげる場面が非常にあったし、学問の話になると完全に私に任され、ただ怒る社長で、





そんな大物な私がそんなことはするはずはないだろう。





娘と嫁は女でそれだけで十分だ。











ここからはちょっと厳しいが




若いのに最近親御さんを亡くされた40台の東京機銃歴の方は、






いつも言ってることだけど結婚したら、ほとんどの精神病は治る統計はあるし、あれだけ泳げたら結婚してやってけれるねに

おじさんも出来ちゃった結婚?やったやれか