甲斐祥弘さんの甲斐バンドについて、いろいろ言えるけど、メロディーがまず博多発音のイントネーションで、古賀政男などの名作曲家のメロディーも、そうではないか?



甲斐ファイブになってからは、東京発音だ。


甲斐祥弘の歌詞については、自閉症的と思えるほど、飾らず余計な歌詞はない。






私が、これほど甲斐バンドに熱中したのは、ヒーロー…も流行ったが、流行ったため出したアルバムが過去に出したシングルを並べた「甲斐バンドストーリー」で内容的にフォークの要素が強く、ロック歌手になると東京に出たが、古い思想や僕でもピンと来ない「かりそめのスウィング」といった戦争時代なのか理解しがたい歌詞もあった。




私は昭和40年生まれだけど、




ヒッピー



アングラ(フォークの中の1種)





といった言葉を聞いただけで、あこがれ以上の異常な感動を覚えた。




例えば歌手で売れてニューヨークやロンドンに住む人がいるが、都会の下町育ちの私は、なぜだろう?とか好きではなかった。




格好をつけてるし、原理を踏まえてなく、なんといっても日本文化への誇りがない。



都会の下町育ちには、ビート武さん吉本隆明さんがいる。



井上陽水も北九州市で九州弁だが、格好をつけてると言うか飾っているので下町ではないだろう?




炎の叫び甲斐バンドとは言われたがさして売れず、大きいことだけやっていた。






正直者はバカを見るとは言われるが飾りたくないのだ。不幸を愛してるようにも見えるが、その人にとっては幸せなのだ。




ふさわしい幸せ!





足りない何かへの懐かしさ




戻れはしない
この人生の

戻れはしない
あの街角に

思い出だけが
昨日のように
僕の名前だけを
読んでいた







自閉症と自閉症的または、その延長線上に純粋さは失われていく。




飾り格好体裁をつけ出す。別の言葉で言えば、優しさがないのだ。



純粋さもないだろう。



純粋に生活なら正直に


学問でも原理から


学問で言えば自閉症のエジソンのように無駄になる失敗は多い。




性欲に個人差は大きく足りない何かへの懐かしさとは





おっぱい願望や



育った街角へのノスタルジア懐かしさ)


そして、もっと言えば日本国への愛情。



国のため死ねる兵隊さんの心理には美的なものがあったとされ、天皇陛下や白人支配からアジアの東洋人もっと言えば黒人も含めた有色人種を無色人種から守るなどだ。




美的と言えば、美しいのは女性で死ぬときに男性が見るのは食べ物ではなく女性のセクシーともいわれ、本当に困った時、助かるのは女性のセクシーなのは確かだ。





しかし自閉症児が、求める女性として候補に上がるのは同年れいでなく、お母さんで結婚の禁止の法律もあると聞く。





私も自閉症だったら結婚できなかったのだろうか?





女の子の生い立ちを考える時、少女漫画雑誌アイドル歌手などへのあこがれなどあるが、女の自閉症は純粋ならその子には女の本質は現れているだろう。





結論的に男は頭と体で勝つが、おっぱいとお尻に負けるのだ。



頭で勝る男に望むのは、強い言葉で夢を語り、引っ張っていってほしいのだ。



シンデレラストーリーとは言われ貧乏な家庭から美貌により王子様の夢になるといったものだ。





しかし女も自閉症でない限り格好や体裁を求める。



金持ちの医者狙い都会の男狙い家持ち狙い



小泉今日子は、大和撫子七変化と



まあ女の心配、一番の悪ながら大量の金は入るが女の恥とされるもっとも恐れる売春。






女に悪くなれるのは早く簡単そうに見え、水商売などと言った恵まれない商売においては、裸を金のため見せようとして、酔った女は泣いていた。




かわいそうだった。


そして女でも金に嘘をついて騙したりが当たり前に行われていた。



かわいい子には旅をさせろ



とは言うが男と女では旅の危険は違う。


男は暴力や修行の厳しさだが、女の落ちるのは早く、貞操の危険であり、恥とされる不特定多数との交わり、ナンパ、海でのビキニ、それだけに終わればいいのだが誘惑はあれもので、憧れもする女の子は、






もちろん女の性への情熱はゆっくりで、考える暇がある。




こんなことはしたくはないけど、とは思えるものだ。



女が、上手く騙して欲しいと言った作家のような複雑な感情を抱いたり、女の子にもいろいろある。





女の性欲にも個人差はあるが、




触れられて

見つめられれば

止まらないのよ

本気のマイラブ






とは渡辺見なよは、歌ったが、




濡れると言うことは、シークレットで女のかつおっぱいやお尻なのに、価値的に偉大で、あまりの濡れると言う価値は、男が疲れたと言った顔をするもので





全ての男は消耗品である



といった文学的表現




絵画的表現に






「モナリザ」という男の厳しさ

女の優しさの表現などあるとは聞くが、








気の触れた神は言った






子供が、女やで気が狂う…と