僕は、異常な真面目だ。

異常に繊細で臆病。




欠伸や方言を気にしたし、欠伸や方言は僕にとって重要だった。



異常に繊細だからなのだが、苦労した母でも方言などどないでもええ。



しかし、私よりは繊細さはないような弟や姉は、方言のことをちょっと言い、それは小学生の頃の方言差のある地域への転校があったからだ。


地獄のような鈴鹿高専の寮では、三重県中から来ていたのだが、伊勢志摩は固まり、伊勢志摩の言葉も使っていたと思った。


しかし、伊勢高校だったか、賢い高校だが井村先生は、


僕が、高専だったら固まっていたんですかね?と僕に聞いた。






しかし、賢くはないが厳しい熊野高専も全寮制で、伊勢志摩は固まっていたと聞いた。







僕の高校時代はバブルの頃だったか、日本に金があり、テレビでは






京都の人でも、京都のことを誇りだとか、今の人は言わない。



と言っていた。








この事は、私には非常にショックで、ブロイラーのような寮生活を送る僕、兵隊さんのような生活、夏でもクーラーもなく8時間授業と大便を素手でふき、8畳くらいの部屋で男四人が雑魚寝し、寝てたら殴り蹴られる人もいる生活で







耐え難いほどの苦しさに16歳くらいの少年の高専生は、




ある人は、タバコで発散し、


僕は、あまりの心細さと異常な体験に尋常さを失い、京都を信仰した。


小3で引っ越してきた僕のことを南中から高専に来てた人は



僕の引っ越しを





嘘や!と言った。







普通は、エリートとされる高専生の中でも僕は特別変わっていた。






特別厳しく2割は麦飯で戦争に行ってたような人でも弁当をわざわざ持ってくるような寮の食事、同期生からのあまりの差別視と、いじめに自殺も出来ず、





やはり、こじきのように扱われる僕を





私は、鈴鹿高専に入ったと言うことは、一流高校に入る学力があったということだ。

その事は、どう思っていじめてるのだろう?




一様は賢かった私なのに全く勉強の出来ない弱い人のようにいじめられた。







鈴鹿高専は、教授とかが教えていたが、もう死んだだろうか?挨拶も出来ない先生。僕のいた野球部の顧問は眼鏡をかけていたし、弱々しく、奥さんは知的障害ぽい人で、中学時代バレー部で野球などしたこともない僕に




中学時代違うクラブだったが、四年生で二塁打打った人がおる




とそんな先生に慰めの勇気付けを受けた。





その当時は本当に野球が下手で反論できるはずもなく、その後中退する僕をその先生も、どう思ったか?エリートっぽい先生は、




トップクラスではあったが、南中で一番厳しいバレー部だっただけで入れた高専生の僕を





やっぱりか!



と渡り廊下を中退届けを持って歩く僕を見た。




しかし授業中、悲惨さや過酷な生活、ろくに寝ることも出来ず、うなだれる僕を鈴鹿高校の校長をやってはったが、定年後高専に古典を教えに来てはった先生は、



僕の態度や所作に文学者の態度を見たのか、







こいつは文学者になるのではないか?




と笑って見てきはった。





しかし、英語の教授は気に入らなく、それは英語で本を出したが研究書で、その研究した人の記念館に行っても、その先生の本がなく海外だが違う記念館にやっとその先生の本があったという話を聞いた時だ。






その先生は頬にキズがあり、ヤクザのあだ名があったが





僕は、人間としての底の浅さとを感じたし、それはなぜだろうと思った。








日永病院のデイケアでこんな経験をした僕が取ったては、復讐の道であり、とことん人をバカにすることと、ヤクザの親分のような冷静さで、







そんな奴をむちゃくちゃにした。









若松先生のことや井村先生のこと



下ちゃんや伊達さんのこと






書いても何もされないことも不思議だった。








社会人で四番を打っていたという噂だった宏文さんは、おとなしい人だった。仙台の彼女と一緒にいて、仙台弁が移っていた。腕相撲で強いと思ってた左も宏文さんには負けた。



俺は神だから死なない



とダンベルを持って飛び降りた、と聞いた。



このような素質に生活保護でも文ちゃんと結婚したら、なんとか生活はしていけるよ!と教えてあげたかった。









伊達さんについても、子供さんはいたが何故、生活保護にもならず遠いにし郵便局の仕事を選んだのだろう?あんな遠くまでどうやって行っていたのか、お母さんが死んだあと生活の困窮と僕に





子供から殺すぞと聞こえるように言われたし、いけないところを訴えるとも言われ、





裁判に出せる金もないことを心配したのか、完璧主義だった伊達さんは牢屋の生活も悲観したのか?それはよく考えれば精神病なんだから入院ですむ、






伊達さんは千代崎の海で水死体で発見されたと聞いた。











下ちゃんと伊達さんは、ある意味デイケアで一番偉そうだった。





下ちゃんは人を殴るために鍛えてたし、人を殴った。



下ちゃんについてはかわいそうだが親が悪い。情けない人格だ。親というものがなんなのかわかっていなかった。汲むところも少なかった。情けない。何を考えてるのだ?いや何もわからなくなっていた。人生をなめているのではない。自分の思うようにならないだけで、人を殴り、彼女にも暴言をはく態度に猶予もなく、どうにかしてやる!考えてはいなかったが、病気なのと立ち直る気もなく、津の病院の閉鎖病棟で居酒屋の女に面会に来て、と電話をかけていると言う。君は何を考えてるのだ。人生をなめるな!ペニスがお前についとんのか?真面目にしろ。しかし宗教に入るしかないと思う。精神病なら普通の人より不利なんだから、癌の手術に耐え抜き、後数ヶ月の命と言われたのに回復したなら、甘えて育ったであろう母に見放されたなら、かわいそうだが立ち直る気があるのなら宗教に入るしかないと思う。53才くらいだろう。




命はあると思う。



しかし、異常さに僕は説明がつかない。





かんのつよい幼児期。自閉症?男性ホルモンが多いのか?異常な過去。








大家さんだった両聖寺住職、子を預けている所の施設ちょうだった女、にはいったが、










気が済まないのは、デイケアの係長だった中村だ。






太って情けない金にあぐらをかいとんな!甘えとってはいけない。そうしとるしかないのだろうが、疑わざるを得ないのが、人間としての質だ。先生のこか、なんかだろう。






人間にはレベルがあることをはっきりといっておく