古い話だが、あの頃。
僕は、小2まで毎日女ぶろの銭湯に入っていた。
老若男女?老若の女の裸は、見放題だったが、さして意識はしてなかった。
旧懐古。日本は、貧しかった。冬は、練炭でマジで暖を取っていた。
練炭というのは、1時間ぐらい部屋が暖まらず、今の人なら風邪を引くだろう!
夏のクラブ活動。炎天下長距離を走るのは当たり前だった。
今言うと驚かれるが、マジで野球の下手になるような練習をさせられていた。
先輩は「肩いたても、投げやな肩強ならんぞ」と言い、そうかな?と投げていたら、肩を壊した。しかし、当時は、それが当たり前で疑問にも思わなかった。
明治時代の社宅で、コマの喧嘩をさせていた私だが、それは100メートルおきほどに置かれた防火用のドカンの上だった。
懐かしいな!
このような古い日本で、あまり金中心の考え方もなく、金じゃない、という人もいた。
今言うと、バカにされるか?笑われるかだ。
子を生んだ女性は、バスの中で乳を出し赤ちゃんに乳をやっていたが、それは今でも地方によるとあるだろう!
そう!昔の日本人は、性におおらかだった。
小学校低学年の女の子は、パンツにスカートを挟んで、ゴムとび、をやっていた。
生理が始まっても、ゴムとびする女の子はいた。
女の子のパンツは、見放題だったがさして意識はしてなかった。
明治時代の社宅を禅寺のようにはききよめ、掃除だけでもたいへんだった。
洋風の家をきれいにするのは簡単だ。白人は、賢い。
それと白人が、あまりにも偉かった。白人は、かっこよく女はセクシーで、日本人は白人にこびていた。
私も、日本人が白人と同等になれるとなど、とても思えなかった。
ふろは、木で出来ていた。トイレは、家でも男のオシッコだけ別のところに便器があり、もちろん汲み取りで、ウンコカーが来るととても臭かった。
冬



水道が凍り付くと給水車がきた。マニュアルという言葉もなく、資格を取るためとか大学も、そんなに価値はなかった。
資格関係でいうなら、今は水害だと避難情報を出し、専門の避難しょがあり、避難するがそんなものはなく、自分で避難するしかなかった。
生きる力の弱体化だけは、今の人はと言いたくないが、生きる力や自己責任能力の低下は否めず、
一人で生きていかなくても、よくそれは結婚せいでも生きていけるし、
結婚しろ!というと怒られるというか、相手にもされず古い考え!と思われるだろう!
勝ち組
負け組
も最近の言葉で、言葉すらなかった。
しかし、今は、ひたすら若いうちは勝ち組目指して…とか言う。
時代の変化は、時代の変化だし、50年前でも
「10年違うと考え方がぜんぜん違う」とはいっていた。
おじさんは、昔「今60ぐらいの人は、大正デモクラシーを経験しとるで明るい」
と聞かされて、育った。

