私の偉大。

一年くらいまえに、私は…





偉大

天才

等と言われたが、それほど気にせず、時は過ぎていった。





歴史に残る偉人

というのも、主治医は…




本当にそうかもしれない…

等と言われる一方、そんなに気にせず、時は過ぎていった。


俺は、「新プリンキピア」を死ぬまでに世に出すのじゃなかったのか?




または、世に出たいのじゃなかったのか?





自転車を発明したヨーロッパ人は、死ぬまで発明を漏らさなかった。




あれほど世界中で乗られている便利な発明品。


もし、特許を取っていたら、莫大な富を手にしながら、死ぬまで明かさなかった。


自転車とは、並列して走る牛車、4つのタイヤの馬車などを縦に並べる、という天才で往時、誰もが


危ない

こけるじゃないか?

と思ったろう。



私が偉大としても、私が偉大なら何故四日市という地方都市に住んでいるのか?


何故、学歴がないのか?

もし、天才過ぎて数奇な人生、変わった人柄、変わった経歴だとしても、それだけで何もないのではないか?




A級文学博士を保証した母校教授も、フロイト全集を読め!と言った。






子供に会いに四日市海軍道路をバスで行った。




金があるものが、幸せで、無いものは不幸だった。



会社の若い人も、金が幸せニコニコクローバーと言った雰囲気だった。




超一流の芸術家、学者が、金に無頓着なのは、知っていた。しかし、それにはすり替えの理論があった。






なぜなら、超一流なら莫大な富を手にするからだ。





こういった文章を妄想と思われないためには、発見した理論の説明がなきゃならないだろうが、それは興味があればYouTubeの検索欄に

「ドイツ昌宏」


といれ、検索ボタンを押し、出てきた20個くらいの動画のなかの






「4つの力1」



「芸術科学講義」の2つあるが、長い方を見てほしい。




YouTubeの動画にもあるが、偉大と自分を思えなかった私も、何気なく始めた筋トレに、




私の努力力というものが、これほどか!てきめんだ!という理由もある。


わずか四年の筋トレで、若い人でも私より大きい人を町で見かけるのは、一人でも…二日に一辺だ。








そういったことも偉大の理由にある。

町で私の方を見るのは、肉体労働者かやくざ風のひとだ。





しかし、昔悪く書いた院長のことや、一流の大学を出ている人、それだけではない。一流大を出て、研究者になった人をどう説得するのだ。




まず、私は早稲田大学を出た人の卒論のテーマについても門外漢の私が、よく知っていた。


しかし、一流大または大学院を経て研究者になった人。などは…





それは…まず私は医学部を信用しない。四日市なら四日市高校や南で、上位で医学部に行く一般的に良くできる人


天才


といわれるだろうが、全般的にひ弱な人が多く、医者というものは、専門知識はあるものの悪いことをする人は多く、小保方氏を初め、頭でっかち…もちろんこういった日本医学かいに必要なのは、哲学の勉強と心身を鍛えるスポーツなのだが…




偉大なノーベル賞は、それはそれで偉大だ。中に歴史に残る人もいる。





そのなかで偉大であるためには!?

それは私の子供時代よく言われた



独自思想




もっと言えば、漢字も仏教も中国におしえてもらった日本の








日本発祥の新学問だ。



例えば、心理学を哲学からわけたのは、フロイト。


科学から物理学を分けたのはニュートン



というような例えば心理学、物理学といった今一般的な学問も、昔はなかった。



いわば、日本発祥の世界になかった新学問の創設だ。



夢は、大きく持て。





そして偉大の立脚点を最後に書くとすれば、





私は、学問の都の京都生まれだ。


もちろん京都の人もほとんどは凡人で、金のために生きているし、四日市にいる知ってる京都の人も大したことない。





それならと偉大に決めるには…?



もちろんYouTubeの動画の理論も見てほしいが…




実は私は、サブァンらしいのだ。



アインシュタインもモーツァルトも、そうだったといわれるサブァン症候群。



実に私はサブァンだ。



言語障害

こだわり

自閉





全てに当てはまる。言語障害もそうだが、異常変人的な京都弁へのこだわり(こだわり)しかも、京都にいた頃だが、小2まで登校拒否、不登校で、母親に耳を引っ張られて、泣きながら登校していた。






耳の後ろは、


未だに








赤い…・……………