
小学生の頃。とてつもない面白い原作を書いていた。
書いたノートは、今も実家にあるのだろうか?
残しておいたのに。
初め、小三で初原作し姉に話した。
しかし、それはものにならなかった。
小四で、初めて漫画を買った。勉強しなくてもストーリーの綾はわかり、作り方を熟知した。
そして、寝ても覚めても、登校途中もストーリーを考えていた。
楽しかった。
こんなに楽しいことが、あるのか?
後に至福という言葉を知り、至福の瞬間だったんだな!と回想した。
小五の頃、野球漫画ではあきたらず、もっと普遍性のある泥臭い物語を書きたくなった。
作画も、進めていたが、キャラクターの顔を性格に合わす、後の芸術科学の人相論に繋がることに悩んだ。
バット折りシュート
と
ヒーロー
という古代ローマで、ボクシングをコロセイムで、死ぬまで黒人奴隷が、戦わされる殺しあいを題材に。黒人奴隷の主人公は、わざと負け、死を装い、墓に行くが生きてて、殺しあいの見せ物をさすローマ皇帝を暗殺するというストーリーだった。
バット折りシュートは、シュートは右に曲がるので、右バッターのバットに食い込む。
それを利用して、つまるどころか、ことごとくバッターのバットを折り、凡ゴロになるというものだった。
小四の野球漫画の主人公は、大巨広長だったが、バット折りシュートの主人公の名は、火唯霊次郎と
詩的で、中学の作詞や
霊、という字に後の宗教に関わる芽があった。
この二つも、作画、テレビ化されることを考え、主題歌の作詞作曲も、していた。
原作の頃は、ロマンにあふれ素晴らしい感覚だった。
中学の性の悩みから哲学と作詞作曲に走った私。
しかし、幼い頃体験した
伝説の社
という作詞作曲だけは、あまりにも体験も完璧で、素晴らしく、詩にするにも完璧を求めて完成しなかった。
今、おぼろげながら、記憶の糸を辿り詩に完璧にでなくするならこうだ。
伝説の社
まだ、僕の胸が薄かった頃
今日も、遊び疲れ
夕闇迫る高野川を
僕は、児童公園に北へと登って行った。
知らない所に来てしまった。
お母さんは、怒るかな?
左京区の田んぼには、脱皮したばかりのコオロギの脱け殻と新しい虫が見えた。
僕は、まだ北へ行った。
ここは、どこだろう?
帰れるかな?
もう日が暮れる
しかも、ここは田んぼを抜けて、山だ。
どう行ったか覚えていない。
山と山の間を抜けて、知らない所に来てしまった。
奈良公園のように整然と整備された左京区と思われる土地にその社はあった。
誰も人はいなかった。名も知られない名刹だろうか?
幼かった僕には、名刹という言葉も知るよしもない。
赤い山の鳥居
秋だったか、どんぐりが散在していた。
高木、生い茂る
高木の上に夕闇迫る青い空が、見えた。
誰も知らない
伝説の社
伝説の社
