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私は、過去の悲惨な目から人格は解体していた。


性格は、なかった。ただ、どのようにも変われた。



気弱にも、リーダーにも・…







ただ、1日を思い出し反省し、次の日に生かした。





元の性格はというと、真面目な努力家。不登校。友達は二人だけ。






全く女によう手を出さず、坊っちゃんだった僕なのに、ヤクザに間違えられた。





作り上げられた僕は、僕の性格は自由人。苦労して、さっぱりした人がいるが、そんなところか?






つかみ所のない僕だが、どのようにも変われるのだから当然だ。






このようなことが、書けるようになったのも、どのようにも自分を変え、勝ってきたからだ。






僕のどのようにも変われる変容に訳がわからず、面食らい、たくさんの人が死に、たくさんの人が病院を会社をやめていった。




面食らうのか、これは一体なんだ?と思うのか?僕に憎まれたら、最後。私の変わりように殴るとかではないが、訳もわからず死んでいき、やめていった。







これは一体なんだ?





しかし、一番心配なのは僕だった。


ちょっとのことを気にする僕は、断崖の絶壁に立つように夜空を見つめた。








原理から考える僕は、性格は緻密な哲学理論や幸福の科学の教えによって、出来上がっていた。






孤独な作家の僕は、原作も、作詞作曲も、俳句も、やろうと思えば出来、なんといっても大学問、芸術科学の創始者だった。






文武両道とは、言われた僕だが、あまりにも変わった経歴と悲惨な過去から、よく思ったのは、



私は、平成など生きていない。

これは、なんかの間違いだ。




人格を解体してからか、子供が生まれてからか、

僕は、生きていなかった。生きてるが、平成を生きてることは信じられなかった。



死後の不安も、体の歪みさえ治れば、死後を宗教を信じられるさ!というどのようにも変われる思想だった。







ただ、私は疲れたことはなく、夜の11時まで鍛えられ、睡眠は4時間、1日五食なのにいい体格をしていた。



人は、130まで500まで私は、生きるぞ!と言った。