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京都の人は、働いているのか?

京都という働かんでも、生きていける地域に憤りを感じる。

京都の人は、働かんでも生きていける。私が、路上で見かけたのは、働きもせず、観光客に道を教えてるオッサンだ。

働くのも、芸事。全く、働かんでも生きていける。

何故だろう?町中に文化財があふれ、拝観料で食ってけるから。


三重にも、原作や作詞作曲をする少年は、時々聞く。

私も、原作や作詞作曲をする普通の少年だった。

ただ、違うのは右はなの鼻閉と京都と三重が、半々の生い立ちだった。


性格は、極めて真面目。しかし、その文化的才能と京都と三重半々の生い立ちが、私を変人にした。

原作を作って、いざマンガを書こうとすると、そのキャラクターの性格と人相をピッタリに合わそうと悩んだ。


作詞作曲にしてもそうだ。詞を作って、それにピッタリのメロディーに悩んだ。


苦悩の後、いっそ人相、メロディーなどから受ける感じを全て芸術科学としてまとめよう!と当時とても不可能と思われる難題を思いついた。

高校も、自分の金で出た私は、努力に努力を重ねた。


今、思うと京都生まれという余裕が、それを成さしめたととても思う。



独学で大学問、を成り立たせる努力と根気は、京都生まれの芸事の成さしめた技と思う。

大阪も、都会の田舎で京都、東京のように守られてはいない。


田舎は、シビアで努力の余裕はない。

こんな努力をする余裕があった所は、私は京都人だ。

しかし、京都人というとフワーンとしてて遊んでても食ってける感じだろう。私の生い立ちは、不思議で右はなの鼻閉も手伝って、変人の域に達した。


右はなの鼻閉は、体が歪んでいき、右脳感性の感性ー芸術ーと左脳理論の理論ー科学ーという図式で展開して行った。


左首が凝ると努力する私は、右が上回ると三重の人を操ろうと計算し、バカにしたのでいじめられた。


遊んでても食ってける京都人が、厳しい荒野に立ち、計算した。


しかし、これには無理があって、肺炎になるまで走るなど苦悩、極まりなく、異常な生い立ちは訳も分からず、その秘密を知ることが出来たのは、最近で悩み、傷つき、苦悩しやっとの思いでこうして発表出来るまでになった。



例えば、四日市一になった厳しいバレー部の練習の中、末に校長先生になったバレー部の顧問が


そやで、

とか三重弁を使うので、京都生まれの私は、そんなんじゃない



と顧問の顔にバレーボールをぶつけた。


複雑な過去と信じられない程の修行ー生活保護のサンブンノイチの金で大津で半年暮らしたりーしかし、私を狂わしているものの正体はつかめず、苦悩修行、精神病院、誤解を経て、今、はっきりと言おう



私の変人は、右はなの鼻閉による体の歪みと京都と三重半々の異常な生い立ちが成さしめました。

迷惑をかけた方、誤解して当然だが、誤解している方、ここに証明します。