私は、小学校低学年。投稿拒否で、昔だから、耳を引っ張られて、泣きながら行っていた。
未だ、耳の後ろは赤い。

小学校高学年。勉強出来ながらも、学校に行かないと法律違反と行っていた。


文才か、原作をよく書いた。


県下1高専中退後、中退者のみんなは、大検からの大学を目指した。


が…

僕は、他県の勉強出来ず、行くとこのない高校の子の行く花嫁専門学校に入った。




男一人で変わり者極まりなく、中退後、なんと精神病院へ行った。






昌宏という名は、ものすごい悪なるが…晩年ものすごいようなる…と私の名をつけた占い師は、言ったそうだが、親もこんな変態な私に愛想を尽かしてたのではないか?





薬付けで100キロ以上あった私に、母は、





親より、先に死ぬ子もおる


と言った。


46で、大検で高卒になった私に精神病院のデイケアの係長は、信じられないと握手を求め、した。







28から43までの猛勉強、もう研究に文学博士の声もかかったが…45での結婚、46で子の生まれた僕は、生活保護だった。

続く
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