悩み…





普通あるのは、性の悩み、金銭の悩み、死の悩みなどだろうが、僕は、それらも悩みだろうが、それらを超える悩みがあった。








普通は、腹が立って困ったりだが、もっと凄い悩みが僕にはあった。






だから、性の悩みや死の悩み、腹の立つのは我慢できた。




僕は、暴力を振るうことも、宗教家になれるとも言われたが、宗教家になることも、なかった。







性の悩みすら、すらすらと人に言えた。
しかし、言えない悩みがあった。




曰く言いがたく、長い間、秘密にし、親にも、友達にも、言えない悩みがあった。





妻には、言っていたが、秘密にしていた。







京都でも、今でいう登校拒否だった私は、母親に無理矢理耳を引っ張られて、泣きながら登校していた。




そんな変わっていた私も、三重県転校となった。






耳の上に母親に引っ張られた赤い斑点を残して…






こういう私は、写真のような30台の肉体を持ちながら、異常な苦労のせいか、えらい年上に見られた。









おじさんというより、おじいさんと、よく言われた。







方言の悩みだけは、東北人が東京に出たように悩み、文学も、なんと処女作は、京都弁で書くという入れ込みようで、この悩みだけは、巨大で、発表もせず、きっと実家のタンスの中に眠ってるのだろう。








私は、決して暴力は、振るわないが、親が韓国人だったり、親のいない人、賢い人などのことは、あまり、よう言わなかった。











しかし、私の悩みは、凄いものだったと、同じ条件の元で、あるいは、私の方が不利なのに、勝ってくると、言い出した。










親も兄弟も、知らず天涯孤独なら、努力しろと







そして、南山大学を出てるような人にでも、無茶苦茶に言い出した。