私は、ボーッとものを見る癖などないのだが、うたた寝のあともあって、部屋の飾りの電光をボーッと見た。
小さい頃は、よく呆然と物を見ていた。
私は、姫路から新幹線で、盆と正月に帰ってきていた京都駅のネオンサインを思い出していた。
京都駅のネオンサインは、こんなんでなく、七色で、しかも動画のように変化していたな!
次に壁にかかったキリスト像を見た。
これからは、胸のペンダントの十字架を食べる真似する私に
こんな人やで!
と言っていた同僚を思い出した。
あの人は、
何で、ここにおるの?
と言っていたな
哲学的なその問いに、私は、どうだったろう?と考えた。
今は、哲学を研究しつくしたでか、としやでか、そんなことは、思わないな。
私は、原理をやり抜く性格だった。
実家では、テレビを見ながら飯を食うな!
お金が、勿体ない
お金が、勿体ない
原理をやり抜く性格に、姉は
年取って、ワーッと気ぃ狂うんは、昌やな。
と言っていた。その通りになった。
憎い人にも、拘り続け
何で、あんな人が!
と言ってると、母が
いつまで、ゆうとんの!
と言った
PHPで、文章を読んだ。
学校に行ったが、雨が降ってきました。すると、お母さんが、
傘を持ってきて下さいました。
その文章に
ああ
理想だ、と思った。
私は、共産主義国家やファシズム国家の似合う少年だった。
原理を極める性格
ポコチンの謎を知るまでは、僕は、なぜ生まれてきたと思っていたのだろう?
思い出せない。
ただ、中学時分は、キスを軽く考えていた。
寝ても覚めても、女の子のおっぱいとお尻のことを考えていた。
死にも、非常に悩み、少年だった僕は、思いきって、母に、死んだら、どうなるの?と聞いた。
母の答えは、以外だった。
星になるんや!
私は、星の数を数えようとも、思ったが、いままでにしんだひとの数は、そりゃ星より多いだろう、と想像がついた。
星になるならいい
が、ロマンは溢れるが、どうやって星になるのだろう。
哲学は、我流に進み、本格的な勉強をする30台まで、我流に進んだ。
性が、気持ちいいのと、御飯を食べなければ、死ぬことから、人間は、快を求めるから、死なないし、子孫は、続くと考えた。
後の勉強で、功利主義に近いと知った。
子供は、なぜ生まれてきたか、知らずに遊んでいる。
しかし、子供は、子供とおるのがいい。私も、嫁も、子供と遊んでると疲れる。
同世代のお友達や男の子といっぱい遊んでおくれ!
お父さんは、君が反抗しないくらいに厳しく、君を育てるよ!
宿題、任しといて
家庭教師も、お父さんがいるから要らないよ!
