三島由紀夫 | ドイツのブログ

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私が、博士号を取り、子供と同居し、芸能人になるまでを描きます。

三島由紀夫も、寺山修治も、歴史の中に埋もれ、今の人は、あまり知らない。
 
 
 
 
若い人に、じっかんはないだろうが
時代は、かならず
否応なしに変わる。
 
それは、30台ぐらいにならないと分からない。
 
 
私も、分からなかった。
 
例えば、私の10台、女の子の間で流行っていた丸文字は、日本のひらがなじたいが、変わったのだと、錯覚し、未来永劫に丸文字のまんまだと、思っていた。
 
 
 
私達が、一番若いと思っていたというか、
 
ところが、どんどんもっと若い人が、私らのじぶんより、モダンな現代っ子の
 
 
 
例えば、もっと冷酷な親が子を殺し、こが親を殺し、なんと浮浪者を汚いと、殴り殺すという
 
 
 
 
 
私らでも、ドライと言われた現代っ子だったが、時代は、もっとクールに日本の牧歌的なふうけ
いは失われていった。
 
 
時代は、変わるのだ。
 
 
 
三島由紀夫という人は、学園扮装時代、戦争中の生き残りとして
 
 
日本は、経済的繁栄にうつつを抜かし、と
 
天皇陛下万歳と
 
自衛隊を乗っ取り
クーデターは、呼び掛けたが、未遂
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
切腹
 
 
斬首
という激しさこの上ない人生を終えた。
 
 
この三島や今の長渕剛らが、体を鍛えたという、
 
 
 
 
 
なぜか?
 
 
答えを先に書くと、文学者に見える風景は、普通の人と違う。
 
 
何を見ても、文学的表現に付きまとわれ、押し潰されそうに、或いは、不自然極まりなく、体でも、鍛えないと身が持たない。やってられないのだ。
 
 
 
 
 
過激さは、悲惨なさいきを告げたが、何も文学者全てが、過激さ故に悲惨なさいきを告げたとは、限らない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いかにいます
 
父母
 
 
 
 
つつがなしやトモガキ