親は、私が勉強や研究をしてたことも、知らないと言った。
歴史の教科書に私の名と研究結果が載るかも知れない。
しかし、大学院に電話すると、邪険な扱いを受けた。
歴史に名を残すに必要なのは、
真実を追う気と
なんと
人を助ける気だ。
何かしら信じてること、だと思うのかも、読んで思っているかも知れない。
しかし、私の場合は違った。
自分を信じること。自信さえも、失っていた。
県下一の高校から、土曜日、寮から20キロの道のりを走って帰るというドイツの噂は、昭和58年頃、三重県北西地区、四日市、鈴鹿の高校などで、なまえいりで、噂だった。
ただでさえ、国の監査の入ったニッセイ学園並みに厳しいこの高校で、もっと厳しい目に会いながら。土曜日の帰省は、20キロ
のマラソンという私は、さぞ立派だったと思われるだろうか?
それが、自分を信じること。自信さえも、失ってしまったのだ。
例えば病気で、熱があると、1キロでも、遥か遠く感じる。
私は、道で吐こうが、這いつくばり、実家にたどり着き、
なんと、廊下で寝てしまった。
しかし、歴史の教科書に本当に「昭和時代、ドイツ昌宏が、形相の3法則、人相の3要素、オノマトペ言語発生論などを発見した」と書かれるかは 定かではない。
文科系の発見の場合、大学教授というのは、一生ハイデッカーならハイデッカー。仏教なら仏教の研究をし、一生を終わる。副次的な研究で、原理からの原理を動かす研究ではなく、ほとんどが、無駄な研究だ。
分かりやすく言うと、
自分が、第一のフロイト、第一のハイデッカー。第一の竜じゅになるつもりがない。
私の博士号を大丈夫と言った鈴鹿高専、奥貞二哲学教授でさえ「フロイトの研究に似てますから、フロイト全集が市立図書館にありますから、全部読んで、対比して」などと言われた。
しかし、研究には、原理の次元がある。
何か、革新的な研究には原理の次元が、深い。
深いから、革新的なのだが、例えば、女のあほ高校を出た、妻に研究を説明すると
なんと笑うのだ。
ちょっと書くと、天才バカボンだが、
光は、なぜひかりと言うようになったか?
ピカリと光るから
これを言うと、友達は、「精神病院に入院せなあかんに』
ある人は、「洒落やな」
東大を出た田中四日市市長は
「うまいね」
と言った。
しかし、ハーバード大学に芸術科学科はあるらしいが、芸術科学を全部一人でやってしまった私の説は、こんなのばっかりで、
ある意味
気が、触れている。
例えば、O型の血液型は、親分肌と言われるのだが、親分は
オーっ
と挨拶するから
などと
ある意味、お笑いと気違いと天才とバカボンが、交錯した説なのだ。
バカにするなかれ
もちろん緻密な芸術学、美学、音楽学、全て研究した上でのことなのだ。
そして、今体を1日60セットも、鍛えている僕にとっての悩みは
どうせ死ぬのに、なぜこんなに頑張っているのだろう?
なのだ
