風俗嬢恋物語③ | 風俗嬢あいりの日常

風俗嬢恋物語③

その後、私は友達に誘われても、飲みに行かなかった、というよりは、行けなかった。



これ以上、自分の気持ちを加速させることは、どう考えても、いばらの道だ。



「人のものは盗ってはいけません」



私はその教えを忠実に守ってきた。
盗られた事はあっても、盗ることは決してなかった。



忘れるつもりだった。
諦めるつもりだった。



まだ何も始まってはいないけど。



そうすることが最良の選択だと思った。



だから。



彼が不意に隣に座ったあの夜、私は決めた。



だから。



あの夜、うつむいたまま、顔をあげなかった。



微笑みかけることも、言葉を交わすこともしなかった。



このままでは苦しいから。きっと傷つくことになるから。



このまま私の存在は彼に知られなくてもいい。



それでいい。



何回くらい誘いを断っただろう。



ある日また友達から誘いの連絡。



断り続けても誘ってくれる友達に感謝した。



折角だから出掛けようと思った。



彼が居るであろうあの場所には近づかないと決めて。



いつもの時間に、いつものバーで友達と合流。



夏の蒸し暑さも手伝って、ハッピーアワーが始まった直後なのに、すでに沢山の人達がビールを買う為に、バーカウンターの列に並んでいた。



そこへ外国人男友達が話し掛けてきた。



彼は以前、あのビリヤードの彼と親しげに喋ってたヤツだ。



私がしばらく飲みに出掛けなかったので、とても久しぶりに会った気がした。



私はまだ列に並んでいる。彼の手にはビール。
私より早く到着したのだろう。



少し世間話程度の会話を交わした後、不意に彼が、



「I wanna introduce my friend to you.」



といって何処かへ行ってしまった。



そして数分後、二人で戻ってきた。



友達〉
「This is my friend,Brad.(仮名)」



私〉
「Hi!Brad!I'm Airi.」



お互いに手を差し出し、握手。
ありきたりのウエスタンスタイルの挨拶。



Bradは長身だった。
身長154センチの私の目線は、彼のちょうど胸のあたり。



薄暗い照明もあり、私は、この時点では、まだはっきりと彼の顔をみていなかった。



そして差し出された手の薬指には指輪。



彼も結婚してるのか。



私は見上げるように、顔をあげた。



長身。
ブロンド。
薬指の指輪。



彼だ。



運命のお導きなのか。
神様の悪戯なのか。



私はビールを買うと、Bradと二人で近くのソファー席に座った。



ドキドキする。
身体が宙に浮いている感じだった。



私はとにかく平静を保つのに必死だった。



私は彼の話をただひたすら聞いていた。
彼の事は何でも知りたかった。



日本人のワイフ(妻)とは大学生の時に知り合い、卒業とほぼ同時に結婚。



ワイフの実家がある、福岡にやってきて約3年。



子供はいない。



この日、私をBradに紹介した友達とは、同僚。
同じ英会話スクールで、フルタイムで英語を教えている。



その同僚達と、よく飲みに来ている。



他にも色々。



私は彼の緑色の瞳と長いまつげに見とれていた。



時々見せる笑顔は、あの時に何度も見た、少年みたいな笑顔。



こんなにも近くで見ることができるなんて、思いもしなかった。



幸福な時間。



少しの沈黙のあと、彼はビールを一口飲んだ。



そして、こう言った。



「I'm going back to my country in two weeks with my wife.」
(訳:二週間ほどで、ワイフと国に帰るんだよ。)



みるみるうちに、私の目に、涙がたまっていくのを感じた。



バーの薄暗い明かりは、それを隠すのに都合がよかった。



もう嫌だ。



出逢わなければ良かった。