歴史のことば劇場⑪
▼「読者」と「国民」をつくった非西欧的なもの
著名な雑誌も、あわただしく休刊や廃刊する
出版大不況のご時世ですが、
日本の出版業は、歴史的には、
江戸時代のはじめに始まります。
つまり、
いわゆる出版(パブリッシング)とは、
比較的に新しい産業であり、
それまでは
印刷(プリンティング)の文化はあっても、
営利的な出版という事業は
存在しませんでした(今田洋三)。
どうやら、
日本の出版業の発展には、
こう考えると
江戸の風俗産業の貢献が
意外に大きかったといえるようですが、
しかし、例えば、
徒然草(一三三一頃)が、
古典の名著として広く一般に認識されるのは、
じつは中世ではなく、近世の江戸時代であり、
現在、徒然草は、
古典籍としては、写本・刊本をあわせて
九〇八点ほどが伝来するそうですが、
そのうち中世の写本は一%強にすぎず、
残りの大半は
江戸期の刊本になります(横田冬彦)。

蔦重以前のベストセラー、
井原西鶴『好色一代男』(一六八二)も、
源氏物語をはじめ
古典文学を意識した作品であり、
いわば「和歌的」な源氏に対して、
西鶴による「新しい恋の物語は、新しい散文詩的文章をもって飾る……大きな文学的野心の所産」(中村幸彦)
といわれるように、
西鶴の作品は、
古典文学への深い理解や憧憬とともに、
新しい時代の風俗模様を描くことで
古典を乗り越えようとする
新興の小説(ノヴェル)であった
といえます。

新聞や小説など膨大な出版物や
その読者の出現とともに
「想像の共同体」としての「国民」は成立する
と考える傾向がありますが(B・アンダーソンら)、
日本の出版業は、
当時の西欧近代化の影響をほとんど受けておらず、
しかも源氏物語や徒然草など古典籍の刊行ばかりか、
好色物や吉原細見に見るような
風俗産業もまた
「想像の共同体」あるいは
「国民」の形成に大いに影響していました。
そうした高級、低級、
あるいは上層、下層との
あらゆる読者階層をつなげて
「潜在的購買者層」
すなわち新しい読者や顧客を
獲得し、育成するといった、
出版にともなう
無数の試行錯誤によって、
われわれ「日本国民」は誕生した
といえるようです。
さらには、
先覚者による出版の成功や発展とともに、
種々多様でありながらも、
包括的で、同一的な
「想像の共同体」としての
「国民」文化の基底がつくられた
とも考えられるのではないでしょうか。








