母を誘って、日吉神社に出かけてきました。
頭の中がぐるぐるしていたので、ちょっとリセットしたい気持ちになりました💡
四柱推命の勉強が滞りがちなこともそうですが、自分がこれからどんな占い師として活動していきたいのかの迷路に入り込んでおりまして、霞がかかっています。
まず、私のこれまでを振り返ると、自分は常識的で、夫は非常識(笑)という思い込みがあったなぁ…と、思います。
そもそも、育った環境、背景が異なり、一人一人考え方や価値観が違うのは当然のことなので、自分と考えが違うからといって、相手を責めてしまうのは、おかしいことだったと気付きました。
一緒に暮らし始めた当時のことから、何が起きていたか、思い出してみます。
今でもまだそうなのですが、事実と感情を分けることが、私にはとても難しく感じます。
夫に限らず、相手に自分の感情を伝えたいなら、例えばこうですね。
「私は(Iメッセージ)、それをされると悲しくなる。」
これが結局間違いないかと思います。
泣いても、逃げ出しても、怒っても、伝わらないときは伝わりません。私の夫は、私が感情を態度に出すと、無言というか、無になってましたw
喧嘩になって、私が家を飛び出した夜も、夫は追いかけることはせずに部屋で寝てましたね〜
一番伝えたいことを正しく伝えたいなら、口に出して説明します。感情的にならずに、淡々と。
で、私の心は死んでいくとwww
難しいですよねー
心は全く満たされないんですよね。
いくら、夫とのコミュニケーションをとるための技術を向上させたとしても、根本の根底の私の中の中心部分は、カラカラに乾いて砂漠になってるんですね。
だって本音は「そんな技術要らね!」ですもん。
そんなスキルよりも、ありのままの私を受け入れてもらえて、私は私のままでいいよ✨と認めてもらえたら、私はそれが一番幸せなんですから。
かと言って、相手の人格や行動を変えることはできません。夫と上手く付き合っていくためには、私は自分の心が死んでいくのを受け入れなくてはならない…と深刻に悩んだ時期もありました。
それは、今でもまだ心の片隅にあります。
自分らしくあることと夫婦関係とを天秤にかけるとバランスが取れなくなります。
子供が産まれてからは、夫婦関係そのもののバランスが取れなくなりました。
夫と離れて暮らすようになって、あの辛くて苦しかった日々が嘘のように、明るく前向きに過ごせるようになりました。子供の成長を穏やかに見守る余裕も出てきました。
通院している効果もあるとは思いますが、別居は、私にとって、特効薬だったのです。
私の産後の精神状態が、産後うつだったのか、カサンドラ症候群だったのか、別の精神疾患だったのかは、今となってはよくわかりません(鳥取に来てからは適応障害と診断されました)。
経験したから思うのです。
「寂しい」という本音をこぼせる相手がいることはありがたいこと。寂しいという感情を否定せずに受け止めてもらえるのは幸せなこと。
寂しさを感じる暇も無いくらい、毎日何かに打ち込んでいられたら、それが人間にとって健全なことなのかもしれません。
私は、寂しいです。
でも、子供がいてくれて、家族がみんな元気でいることが何よりの幸せです。
でも、やっぱり寂しい
だから、私が目指すのは…、「強くなろうとして、心の声を無視する女性の背中をさすったげるおばちゃん」でしょうか?
お福分けです♡