誰しも人は安く済ませられるものは安く済ませたいと安易に思うものです。
それは費用、手間、時間、全てに渡ってそうです。
多くの人は生活に追われ経済的にも、時間的にも、肉体的にもゆとりは感じられず、
不安な日々を送ることを余儀なくされています。
では、なぜ人々は目先のことにばかり目が言ってしまうのでしょう。
ここを問うことは重要と思われます。
人は、動物は本能的に身近に見えるリスクに怯えます。
今を生きるのが、本能で、未来に目を向け、
見えない遠くまで、見渡せ、目を配り、手を差し伸べられるのは、
昔からそうなんですが、それは、時間と、金と、
その他諸々生きる上で不可欠なものに眼を配れるゆとりのある人達です。
その人達のそれは恵まれた境遇の中で身に付いた
能力、資力、底から湧き出る、ゆとりの中でいよいよ高めていく、
学識、見識に支えられています。
多くの庶民は、其の様な叡智に預かれる同様の条件には容易に届かず、
比べれば、愚かで、鈍く日々を送るだけのところで、どうにかやっているのです。
俗世とよく言いますがそれは、そういうところにおかれた人々の中で現れるさまです。
食うか食われるかの其の中で、道理、常識、は通りません。
今日を乗り切ることにしか気持ちの行かない現実が付いて回ります。
危険は見渡せば無数、無限です。一寸、一秒、先の事はわかりません。
彼らにとって、の現実は鼻をつままれても解らない程、暗いのです。
病気、怪我、事故、災難、災害、数えればきりなしです。
車の事故も其の一つです。保険は、そういったものにくまなく付けられています。
どれもこれも言えば同じぐらい大きなリスク、危険です。とても、それを並の個人が負い、賄いきれはしません。
昔と比べて保険の数が凄まじく増えて人々の肩に伸し掛かっています。
人びとが払う保険料の総額とそれによって受ける保障の総額との差額は何処へ行くのでしょう。
天文学的に大きな数字が総額に出ています。
保険を廃止して、保証料を国が払う様にしてそれを国民が納税したほうが国民の負担総額は、
遥かに、これ又、天文学的に軽くなります。
ほんとに苦しい保険に入れない多くの庶民が居る現実思えば、解説者の意見は間違いはなく、
反論、反駁の出るものではありませんが、多くの庶民の実情に照らしては、そのまま、応用するには、不適当と思われます。
いろいろな国民に対する命と暮らしを最低限保証する施策を実施する中で、
行政の社会保障の施策の怠慢不備から来る不安を庶民が資金を集めて助け合うのが始またのが
起原の今や巨大な金食い虫の権化に取って代わられて本末転倒してしまっています。
増々保険の材料は増える一方で社会保障はいよいよ切れ捨てられるばかりです。
この認識は国民の、世界の常識なのでこの現実も解説者は
踏まえた上で多くの人々の現実に対してほしいと考えます。
貧しいもののほうが豊かのものよりも圧倒的に多いのです。
保険は必要悪でやむをえないのですが、保険会社は、もっと
社会の負担を軽減する努力をする義務が在ります。
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貧しい人にもっと配慮しなくてはいけません。
国の代わりに仕事を任せられているという認識でそれで常識はずれに潤ってはなりません。
これが掛けた営業、施策、議論、理屈等などは、多数派の底辺に在る
国民、庶民、消費者に対して説得力出て来ないと思います。