休憩開けの第六試合は、私が最も期待していた試合。

 天山広吉vs飯塚高史のチェーンデスマッチだ。なにしろ飯塚の天山裏切りは、私が知っている限りプロレス史上最大といっていいくらいに意外なものだったから、その後の展開に期待しないわけにいかない。

 近年、どの団体を見回してもこれほどの遺恨はないだろうというくらいにお互いの憎悪が高まっている。

 飯塚の入場時には、当然のようにGBHの真壁、矢野、邪道、外道、本間が付いてきた。それに対して天山は、親友の小島が寄り添って入場し、セコンドにはKAIと大和が付いた。F4は試合もあったが、むしろこの試合のセコンドに付くために両国に来たといってもいいくらいだろう。

 試合に関係のない選手の介入は嫌いな私だが、この試合に関しては話が別だ。なにしろ抗争がここまできたらセコンドたちも関係大ありであり、初めから介入が前提となっているからだ。

 試合は、序盤は地力に勝る天山が圧倒。早々に飯塚を流血に追い込む。しかし、天山の人の良さなのか、多少は使うもののさほどチェーンを使った攻撃が見られず、モンゴリアンチョップやブレーンバスターといったプロレス技で勝負していた。これに対して私の後方の客席からは「天山、チェーンを使え、チェーンでぶっ叩け」という悲鳴にも似た絶叫が聞こえてき、私も同感だった。

 しかし、この優しさ、真面目さが天山なのだ。案の定、場外乱闘になるとGBHの総攻撃に合い、小島、KAI、大和も救援に飛び込むが人数で劣るからいかんともしがたい。天山も大流血し、以降は飯塚ペース。プロレス人生、もう一花咲かせてやるという覚悟は飯塚の方がはるかに上だから、チェーンや凶器を使うことにまったくためらいがない。

 その後天山もアナコンダバイスなどで「あわや」という場面を作ったが、やはり私の目には、それでも天山はプロレスをしようとしているように見えた。しかし飯塚ははなからデスマッチだ。結局、この覚悟の差が勝敗を分けたといっていいだろう。チェーンで首を絞められて天山が失神、レフェリーストップで飯塚の勝利というバッド・エンド。

 飯塚のヒール転向は大正解だった。憎たらしいのだが、ここまで観客から憎まれたら本人も本望だろうし、私は拍手を送りたい。地味な中堅に甘んじていたレスラーが、両国大会の後ろから3試合目のシングルマッチ、実質的にはトリプルメインといってもいい試合を務め、勝利するところまできたのだ。心の中に少しでもためらい、戸惑い、照れがあったらここまでは来られなかったはずで、その覚悟には素直に脱帽する。

 それにしてもこの遺恨劇、一体どこまで引っ張るんだろう?

 ちなみに試合の後半、ノーリミットのふたりが出てきて天山のセコンドに付いたのが目を引いた。特に試合への介入やアピールはなかったが、団体内で孤立している天山と今後共闘するという意志の表れのような気がしないでもない。全日の小島-KAI&大和の関係のように、天山-裕次郎&内藤となるのだろうか。
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 担架を拒否し、小島の肩を借りて天山が控え室に消えていく。

 「あ~あ、天山、負けちゃったよ」という悲嘆にくれる暇もなく、凄惨な激闘の余韻に浸る間もなく、すぐに第七試合だ。興行のスピードアップは必須であるが、ここだけはもう少し時間をおいてほしかったと、戸惑いながら私は勝手なことを考えた。前の試合がそのくらいの激闘だったということだが、永田の入場テーマ曲が流れ出すとそんなことも言っていられない。なんとか気持ちを切り替えようと努めた。

 世界ヘビー級選手権試合、チャンピオンであるZERO1-MAXの田中将斗vs永田裕志。

 これまた遺恨闘争であるが、ひとつの団体の存亡もかかっているから、入場時から殺伐とした対抗戦ムードが館内に充満する。田中の周りについた赤いTシャツのZERO1-MAX勢の存在が一触即発という言葉を思い起こさせ、いやがおうでも緊張感を高める。

 入場時も試合中も、田中への声援がかなり聞こえたが、ZERO1-MAXのファンなのだろうか。とすれば、これもまた、田中が金本、中西などを倒してきたことによる経済効果だ。

 試合は当然のことながら、一進一退の攻防。ただし、フォールにいったときの緊張感が並大抵ではない。特に田中の弾丸エルボーが永田に決まってフォールにいったときには、新日ファンから大きな悲鳴が上がった。

 終始スピーディーな展開で、どちらに転んでもおかしくなかったが、最後は永田がバックドロップホールドで田中をフォール。

 これで新日とZERO1-MAXとの抗争に一応の決着がついたことになるのだが、試合後には、佐藤耕平が永田に詰め寄った。やはりまだ終わらないようだ。

 そもそもZERO1-MAXの社長である大谷晋二郎は、「いくら負けても団体が潰れるまでやる」と言っていたのだから、まだまだ終わらないのだろう。「どちらかがギブアップするまでやるが、俺たちは絶対ギブアップしないから俺たちの負けはない」という言葉は、何気に説得力を持つ。

 問題は、今後のZERO1-MAXの興行だ。もともと経営は厳しいようだし、タイトルの流出はさほど影響はないだろうが、そこに田中が負けたというイメージダウンがのしかかってくると、より厳しくなる。プロレス団体の崩壊は見たくないから、なんとか踏みとどまってほしいものだ。


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 大トリの第八試合は、IWGPヘビー級選手権試合、武藤敬司vs中邑真輔。

 中邑が取られて流出したタイトルを、中西、後藤、真壁が取り返せず、取られた張本人の中邑が挑戦。IWGPは新日本のタイトルなんだから、いくらなんでもそろそろ取り返してくれよという苛立ちと願いが新日ファンの間に蔓延している。

 しかし、それが新日ファンの総意というわけでもなく、それどころか近年は異常なくらいの武藤人気が新日ファンをも巻き込んで湧き起こっているのも事実である。実際この日も、武藤への声援がかなり多く飛んでおり、明らかに新日ファンの間からも起こっていた。中邑はプロレス界の“救世主”というキャッチフレーズが冠されているが、社会現象的には武藤こそが“救世主”の名にふさわしく、紛れもなく現在のミスター・プロレスだ。

 試合はグラウンド中心のじっくりした展開。中邑が得意とするのは腕十字や膝十字といった関節技だし、武藤は低空ドロップキックからドラゴンスクリュー、足4の字固めという流れだから、このふたりの戦いがグラウンド中心になるのは必然である。

 したがって、これはこれでオーソドックスなプロレスとして評価されるべきものだということはわかるのだが、正直に言うと私は退屈してしまった。

 前の試合がスピーディーな立ち技中心、もうひとつ前の試合がチェーンを使った凄惨な試合だっただけに、心がヒートしてしまい、じっくりした細かい技の攻防を見ようという意識になれなかったからだ。むしろ、冷水を浴びせられたような感じだ。

 これだから、プロレス興行の流れは難しい。まったく異なるタイプの試合を並べて、最後はオーソドックスなプロレスで締めるのは正解であり、この試合だけを単独で切り取って見ていればまったく異なる印象を持っただろうが、今日に限っては物足りない気持ちが頭をもたげてくるのを止めることができなかったのだ。

 ところが…

 凡戦だな、あとは勝敗の興味だけか…と思ったところで、大逆転が起こった。

 武藤が繰り出したフランケンシュタイナー!

 これ一発で心が湧き立ち、「やられた」と思ったら、思わず顔がにやけてしまった。お互いがほとんどの技を出し切ったところで出てきた、予想もしなかった意外な一発。おそらく中邑も、何をされたのか分からなかったのじゃないだろうか。あえなく3カウントを聞くしかなかった。

 そういえば確かに武藤は若い頃にこの技を得意にしていたが、使ったのは何年ぶりだろう? 試合後のコメントで武藤は「とっさに出た」と言っているようだが、まさに引き出しの多さが試合の勝敗を分けた。

 これまでの静かともいえる攻防を、最後の最後に説得力充分のこれ一発で熱狂に変えたのだから武藤のセンスには恐れ入る。やはり、ミスター・プロレスだ。

 こんな試合を見せられると、武藤がIWGPを失うときは、対戦相手というよりも、武藤自身がIWGPに興味を失ったときしかないんじゃないかとすら思えてくる。

 次に行くのは…永田かな?
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