りふれいん-2- | dogmanXの小説

りふれいん-2-

 悪友達に囃し立てられながら僕らは校門を出た。由紀は僕を逃がさぬよう僕の腕をガッチリ握っていた。僕がまだ諦めきれずに逃げる隙を狙っているのを感じ取っているらしい。
「イタた。痛いよ」
僕は悲鳴を上げた。広い歩道を僕らは腕を絡めるようにして歩き出した。どうせまた街のあちらこちらを歩き回るだけに違い無い。由紀は、街の北側にある裏山とか、田んぼの東側を流れる川とか、合併して廃校になった古い小学校の跡地とか、そんなところを毎日毎日散策して歩く。「探検よ」と由紀は言うが、もうとっくに街中探検し終わってる、毎日のことだがそう僕は心の中でぼやくのだった。
 もっとも僕がそれらの全てを嫌だという思っている訳じゃない。楽しいことも沢山あるのだ。夏はカブト虫やクワガタを取りに行ったり、秋は街の北側にある小山に登り峰を彩る紅葉を見る、冬は雪が降った後、山の斜面に大き目のビニール袋を持っていってソリをする。春は晴れた日に小山の南西斜面の草地で昼寝をするのが気持ちいい。ただ、毎日のように付き合わされるのには閉口した。お陰で僕らは、今や街の隅々まで自分の家の中と同じくらいによく知っていたのだ。
 一度由紀に、何故そんなに毎日街中を歩くのか?と訊ねたことがあった。すると由紀は
「勿体ないんだもの」
と答えた。僕には分からなかった。僕はむしろゲームをしたり、街中のゲームセンターをうろつく時間がなくなる方が勿体無いんじゃないかって思った。
「小学校の時、この街に住んでいたんだってずっと憶えていたいの。だから、しっかり憶えていられるように、ずっと幾つになっても憶えていられるように何度も見ているの。歳を取った時この街を忘れてしまったら寂しいでしょ。いつまでも今のことを憶えていたいのよ」
僕には由紀が何を言っているのか理解出来なかった。「へえ」と相槌を打ってみたものの、まるで明日にも死ぬ年寄りのようなことを言う由紀が理解出来なかった。念のため僕は由紀の顔を覗いてみた。しかし特に昨日とは変わらない気がする。一昨日とも、多分半年前とも、去年とも違わないように見えた。違わず健康的に見えるから、きっと不治の病で死ぬなんていうテレビドラマみたいなことは無いだろうと思った。でも、変わらぬ毎日の幸福を気付かずにいたのは僕の方だったのだ。明日しか見ていなかった幼かった僕には、由紀の気持ちが分からなくて当然だったのかもしれない。
 その日、小学校の校門から出てから僕ら二人が向ったのは家と反対の方向だった。いつものことだが由紀が僕の腕を握って引き摺るように歩いた。僕は初めどこに行くつもりなのか訊いてみようという考えが浮かんだが、どうせまた大したことの無い所、街のはずれの何の面白みも無い所へ行くんだろうと思い、訊ねるのをやめた。今、歩いてる方向からすると街の北はずれにある裏山に向っているに違い無い。山道でも登るのだろう、と僕は推察した。そんな僕の心中を察したかのように由紀が口を開いた。
「今日は、裏山の神社に行くのよ」
「裏山?何しに?」
 僕にすればほぼ予想通りの目的地だった。まあ山のてっぺんまで登ることを考えれば、中腹にある神社までなら楽なものだと思った。ただ、あんまり予想通りだっただけにがっかりもした。やっぱり面白くなさそうだ。まったく由紀の奴は、よく飽きないものだと僕は半ば呆れていた。同級生たちは快適な部屋でゲームを楽しんでいるというのに。街中のゲームセンターにでも行くと言うならともかく、裏山とか街の南を流れる川沿いとか、そんな辺鄙なところばかり行きたがる。気候の暖かな頃ならそれでも良かったが、もう秋も終わりに近付いている。そろそろ風の中に冬の寒さが混じり始めたこの時期に、神社までとはいえ山登りは流石に勘弁してもらいたいと思った。
「えー?やだよう裏山なんてー」
「なんで?」
「だって暗いし陰気だし、昼間でもお化けが出そうじゃない」
「ふふふ、本当に出るのよ。それが」
 由紀が悪戯っぽく笑った。
「出るんだなー。これが本当に」
「出るって何が?まさかお化け?」
「馬鹿ね!お化けなんて出る訳無いでしょ」
「じゃ、何が出るの?」
「お化けよりもう少し現実的なものよ。天狗!」
「天狗ー?」
天狗がお化けより現実的だという理屈がよく分からなかった。
そう思うと僕はまた由紀に付いていくのが億劫になった。億劫になったというより、やっぱり悪友達の元に行きたくなった。今日は友達の一人、淳司の家で新しいゲームをやる計画だったのだ。淳司はこの間の日曜日、親に新しいゲームを買ってもらった。「それがすっごいんだぜ」淳司が自慢下にその話を披露すると、みんな羨ましがった。そこで放課後、みんなで淳司の家に行き、存分に楽しもうという計画が立案された。僕もその仲間の一人だった。僕はもう授業が終わるのが待ちきれないほど、それを楽しみにしていたのだ。その計画が由紀のお陰で無しになったのだ。その理由が天狗とは。僕は急に腹立たしくなってきた。
「天狗なんている訳無いじゃん」
「それがいるんだって。髭おじが言ってたのよ」
「髭おじ?」
髭おじとは近所の得体の知れないオッサンだ。顔中髭だらけの汚らしい中年男。働いているのかいないのか、いるとしてもどんな仕事をしてるのか近所の誰も知らなかった。分かっているのは怪しいということだけだった。だから近所の誰も彼に構わない。いつもは家の中に引っ込んでいるが、たまに天気がいいと、今時珍しい着流しで散歩している。角の家の婆さんは「ありゃ、作家くずれかね」と馬鹿にしていた。そんな髭おじから由紀は天狗の話を聞いたのだという。