日本行動分析学会第29回年次大会において、その2日目に、ドッグトレーナーである西川文二氏の講演がありました。
以下、大会プログラムよりタイトルと内容の要旨。


日本行動分析学会第29回年次大会
科学的根拠に基づいた犬のトレーニング、その理論と実践
演者 西川文二(Motivational Dog Training School "Can! Do" / 主宰)

講演要旨
一昨年アメリカ獣医行動学会が、「動物の行動修正にドミナンス理論を用いることに関する意見表明」を行いました。 その内容は、未だに多くのアニマルトレーナーが「群れで生きる動物たちは順位が上のモノには服従するが、下位のものには支配的な行動を示す」といった認識(=ドミナンス理論に基づく認識)をしていること、およびその認識に基づいたトレーニングを行っていることに警鐘を鳴らすものでした。 そして、アニマルトレーニングや行動予防対策、行動修正プログラムなどは、オペラント条件づけ・古典的条件づけ・脱感作・逆/拮抗条件づけといった「科学的根拠」に基づくガイドラインに従うべきであることを、その声明では強調しています。
おわかりのように、ここで言う「科学的な根拠」とは、スキナー等によってすでに20世紀半ばに確立していた学習心理学における各理論に他なりません。 ご存じのように、学問の分野で確立された理論や法則などが、一般の日常レベルに応用され、さらに広く普及するまでには、長い年月を必要とします。 犬のトレーニングも同様です。
日本においては80年代までは、体罰をその基軸としトレーニングがなされていました。 もちろん、それは当時すでに確立していた学習理論で読み解けば、正の罰と負の強化を用い犬の行動を変えていくことに他なりませんが、当時は訓練士も飼い主もそうした理論を知るよしもなく、結果、犬の攻撃性を高めてしまうといった弊害を多々生み出していました。 90年代に入ると冒頭のドミナンス理論に基づくトレーニング方法が日本に広まります。これは、犬の行動学に基づく根拠のあるものとして、当時新しい考え方として広がっていきました。 しかし、2000年に入るとドミナンス理論に基づくトレーニングを用いても、攻撃性を高める犬がでてくるといった弊害は払拭できず、その理論に基づくトレーニング方法に否定的な行動学者が海外を中心に増えていきました。 そうした行動学者たちは、学習心理学に基づく理論を、犬のトレーニングに応用することで、犬の行動を変えていくべき、と主張しました。そして、その主張に共鳴したインストラクター・トレーナーがその考え取り入れ、実践し、現在に至っているわけです。
しかし、未だ多くのトレーナーたちも過去の方法論にとらわれているというのがアメリカの現状であり、冒頭の意見表明はその現状を変えるためになされた次第です。 今回の講演では、こうした犬のトレーニングにおけるその方法論の変遷、及び、現時点における学習理論に基づいたそのトレーニング方法の実際、さらに私も含めいわゆる学問用語にはアレルギー反応を起こしてしまう一般の飼い主に、どうやってその理論を理解させるかについて、お話ししていきたいと考えています。


講演の内容は、まず「イヌとヒトの関係」が、歴史上どう変化してきたのかを述べられました。
昔はいわゆる「番犬」というものであったイヌが、段々とペットや家族となっていったと。
その変遷の中で、「ドッグトレーナーの方法論」みたいなものも、変化してきたわけですね。
いわゆる「飼い主がイヌのリーダーになりなさい」という考え方から、「科学的根拠のある方法論でやるべき」と。
そして、その「科学的根拠のある方法論」で、西川氏が実践されている事例を動画とともに紹介したり、連れて来られていたわんこでの実演があったというような内容でした。

以下、聞いていて思ったこと。


・いわゆる「リーダー論」は、もう終わりかな

以前このブログでも紹介しましたが、アメリカのAPDTが、いわゆる「リーダー論」に関する意見声明を出しました。
「リーダー論でしつけやトレーニングをすることは、よくないからやめましょう」と。
また、日本でも西川氏をはじめとして、こうした「リーダー論」に対する疑問は数多く出されていますし、リーダー論に基づくやり方でもって、かえって問題が深刻化するケースはたくさんあります。
僕自身、随分前から「リーダー論はおかしい」と言い続けてきていますし、今も繰り返しこのブログやセミナーでも言っていますが、ようやく終わりになっていくのかもしれません。
これについては非常に賛成なので、がんがん変わっていけばいいなと思います。


・科学的根拠のある方法とは何か

講演のタイトルにもありますが、「科学的根拠のある方法」ってのはなんなのだろうかと、ちょっと考えさせられた講演でした。
近年、「行動分析学」や「学習心理学」といったものを学ぶトレーナーさんは増えてきています。
僕もその一人として、一生懸命勉強せねばなと決意を新たにしております。

ただ、僕も含めてそうした勉強をしている「トレーナー」がいう「科学的根拠」ってのは、なんなのだろうと。
「オペラント条件づけ」とか、「レスポンデント条件づけ」といった「専門用語」を知っていたり、使っているからといって、それは別に科学的でもなんでもないんですよね。
そもそも「オペラント条件づけ」とかの言葉は、専門家同士の会話が円滑に進むように作られた、要はただの「隠語」なわけで。
それを覚えて、使ってるからって科学的とかなんてのは全然次元が違いますわね。
それは、他の「専門用語」も一緒ですよね。

なにかこう、「行動分析学で使われている言葉やテクニックを覚えた=科学的」と思っている人が実は多いのではないかという気がします(あくまで気がしているだけですが)。
「行動分析学」が自分達を「科学だ」と主張する、それこそその「根拠」の部分を、きちんと理解できてるのかどうか。
科学哲学とか絡んでくると僕も「わけがわからないよ」なので、色々とダメなのですけれども。
それでもやっぱり、あの「繰り返しの中で、行動と環境との法則性を見出していく」という一つの実験スタイルとでもいうんでしょうか、そこにこそ「科学性」ってものがあるんだよなって思ってます。

「科学的にやる」ってことは、つまりどういうことなのか。
この辺、きちんともう一度確認しないとなと自戒した次第。
あとは、「なぜ、科学的にやること」が大切なのかっていう。
ここも改めて整理しとかないと。


・「行動を変える」ではなく

これは、ここ最近本当によく思っていることなのですけれど、更に強く思いましたですね。
「相手の行動を変えられる自分」に、酔ってしまうというか、そういうのってある気がするんですよ。
僕自身はその傾向が強いような気がするので、常に「行動を変えるんじゃないんだ」ってことは、言い聞かせてるんですが。

いやまあ、実際に何やってるの?って聞かれればね、そりゃ「行動を変えてる」んですけど、なんていうか「それだけじゃない」っていう。
このブログでも繰り返し言っていることではあるんですが、条件づけとか、まあ色々なテクニックでもってですね、相手の行動をこちらの都合でごりごり変えてっちゃうってのは、これやっぱり違うだろうと。
「こんなにもイヌの行動を変えられるんですよどうですかすごいでしょ」みたいになっちゃいかんなと。

そんなことを考えましたですね。

それで、やっぱり出てくるのはこれ。

 「I am not trying to change people.
 All I want to do is change the world in which they live.」
 (B・F・スキナー)

うん、やっぱりなーと。

そういった意味で、最後にフロアから杉山先生が質問されたことっていうのは、すごく大事なことだと思いますし、その質問にあったことを考えながら仕事をしていくというのはこれ、ほんと皆が考えないといけないと思うんですよね。

で、さらにさらに。
あのようにイヌとヒトとの関係が変わっていくわけですから、トレーナーの役割も当然変わっていくだろうと思います。
僕が普段から主張している「イヌを訓練するのでも、飼い主に教えるのでもなく、両者を支える、サポートする」というのが、これからのトレーナーの役割なんだということを、改めて強く思いましたです。


ま、ま、ま、他にも思うところはあったのですけれども、ひとまずはここまで。

これにて、9月の関東出張方面エントリは終了でございますー。