【映画】アメリカの原風景
アメリカにはしばらく行けそうもないので、
グッとくるアメリカを見るため、平凡なアメリカの風景が描かれた映画をいくつか見た。
アメリカ、家族のいる風景
Don't Come Knocking
荒れて乾いたアメリカ北部の風景と、荒んだ街並が美しい。
ヴェンダースのアメリカーナへの偏愛を追求するため(だけ?)に作られたような映画。
登場するButteのHotel Finlenは豊かで優雅だった西部劇の時代を偲ばせるような建物。
(20世紀初頭に建造されたフランス第二帝政様式だそう)
http://www.finlen.com/
そしてネヴァダのElko !はじめて聞いた名前の街なんだけど、
行ってみたい。行ってみた過ぎる!名前もそそるし。
Elkoのカジノも、Las VegasやNevadaのように洗練されてしまっておらず
歌舞伎町も顔負けの色使いには70年代の雰囲気がまだまだ残っていそうなかんじ。
話自体は60を過ぎた男が、人生で失ってきたものの重さに突如気づき、
後先も考えないままそれを探しに行ってしまう、という話。
どうにも凡庸で、とってつけた感。
ヴェンダースはアメリカーナなロードムービーをつくりたくて
こんなシナリオにしたんじゃない、って気もする。
■舞台
Butte, Montana
Elko, Nevada
http://imdb.com/title/tt0377800/
アメリカンスプレンダー
American Splendor
"Ordinary life is pretty complex stuff."
市井に生きる、普通の人のごく当たり前の日常を見たいと思っている、
あまりメジャーとは言えない嗜好を持った人にとっては、すばらしい映画。
アメリカ中西部の日常が誇張なくリアルに描かれている。
過不足なし、がいちばん難しい。
でもこの映画は、とてもいい具合に過不足ない。
暗くてシニカルな主人公がプチセレブに昇格し、
少しずつ幸せを手にしていく描写がとてもいい。
キャスティングも見事だし、何より主人公の部屋のセットもとてもいい。
■舞台
Cleveland, Ohio
http://www.imdb.com/title/tt0305206/
ヒストリー・オブ・バイオレンス
History of Violence
"Everyone has something to hide."
恐怖の描写。
どうすれば恐怖の感情を、観客の内側から喚起することができるのか、
この映画のテーマはそれに尽きるのではないかと思う。
主人公は、戦闘シーンでは超人的に強すぎて、
なんかちょっと興ざめしてしまうのだが、
「恐怖」の本質を描くことが主な目的であったのなら、クローネンバーグは目的を達成したように思う。
殺されたばかりの死体が画面の向こうから匂ってくるような気になる、
強烈でインパクトのある映像だと思った。
ストーリーでなく、視覚(と聴覚)を介して人間の感覚に、それも潜在意識の部分に働きかける。
クローネンバーグの「恐怖」への並々ならぬ執着を感じたけれど、
そんなものに執着し続ける人生はきっと不幸だと思う。おれは嫌だ。
■舞台
millowbrook, Indiana
(ロケはカナダのオンタリオ。ニール・ヤング!)
http://www.imdb.com/title/tt0399146/
ファイブイージーピーセス
Five Easy Pieces
"He Rode The Fast Lane On The Road To Nowhere."
1970年
両親世代との価値観の断絶という、おそらく当時いちばん旬だった主題を描く。
主人公は親世代への違和感だけでなく、周囲の低俗な友達に感じる違和感にも悩まされ
「自分は人と違う」ことをアイデンティティにするがゆえに、
つねに孤独を強いられる、という「ザ・青春の悩み」的な、
自分にも覚えのある、永遠の若者の姿。
「ワタシ、変わってるって人によく言われるんです」。
公開から30年以上経ってしまった今では、がっつり色褪せてしまい
簡単に言えばとても陳腐な映画に思える。
「不朽の名作」だって? バカを言うな。
個人的な好みだけど、どうしたわけか、
70年ごろまでのアメリカの風景はあまり好きになれない。
音楽も60年代の匂いが濃い、モンキーズとかママスアンドパパスなんかは嫌いだ。
クルマも60年代のデザインには惹かれない。
どうもカビ臭く、辛気くさいように思う。
「FREE AND EASY」も、ロールモデルとされる時代が自分の好みとずれているためか、
どうも好きになれない。
この頃のアメリカ文化は、大英帝国からまだ十分に分化されていないような気がする。
「アメリカらしさ」が定着していないような気がする。
じゃあ50Sはアメリカじゃないのか?って言われると、
確かにあれはアメリカなんだけど。
70年代をまたぐ頃に美意識の大きな転換があったんじゃないかって気がする。
どこかでモードが切り替わった。
フラワームーブメントの人たちの果敢な挑戦は、
社会の上部構造には大きなインパクトは与えられなかったけれども、
少なくとも美意識は着々と更新され、産業に内包されて社会に拡散していった。
そして誰も気づかないうちに、70年代後半には
ぼくの愛する「アメリカの原型」が定着した。
無骨なグラフィックや、アメリカらしい(ぼく好みの、という意味だけど)色使い、フォント使い。
Stepeen ShoreやEgglestonが残したのは、そんなアメリカの姿だ。
彼らの写真を見て、彼らの感じかた、彼らの美意識は世界中に薄く広く継承された。
やがて90年代前半に、アメリカではもう一度モードが切り替わり、
90年代モードでアメリカの風景は急速に埋め尽くされていった。
「美しいアメリカ」は失われ、損なわれていく一方になった。
でもこれはあくまでも個人的で印象的な仮説。
「モードの切り替え」が発生したことを実証できるとよいのだけど、
なにぶん見た目の話なので一般化するのは難しいかも。
でもこの前提をもって「アメリカングラフィティ」を見てみようと思った。
今読んでいる「BOBOS」 にもブルジョワジーとボヘミアンの美意識の歴史、
みたいなことが書かれている。
この感想はまた。
http://www.imdb.com/title/tt0065724/
グッとくるアメリカを見るため、平凡なアメリカの風景が描かれた映画をいくつか見た。
アメリカ、家族のいる風景
Don't Come Knocking
荒れて乾いたアメリカ北部の風景と、荒んだ街並が美しい。
ヴェンダースのアメリカーナへの偏愛を追求するため(だけ?)に作られたような映画。
登場するButteのHotel Finlenは豊かで優雅だった西部劇の時代を偲ばせるような建物。
(20世紀初頭に建造されたフランス第二帝政様式だそう)
http://www.finlen.com/
そしてネヴァダのElko !はじめて聞いた名前の街なんだけど、
行ってみたい。行ってみた過ぎる!名前もそそるし。
Elkoのカジノも、Las VegasやNevadaのように洗練されてしまっておらず
歌舞伎町も顔負けの色使いには70年代の雰囲気がまだまだ残っていそうなかんじ。
話自体は60を過ぎた男が、人生で失ってきたものの重さに突如気づき、
後先も考えないままそれを探しに行ってしまう、という話。
どうにも凡庸で、とってつけた感。
ヴェンダースはアメリカーナなロードムービーをつくりたくて
こんなシナリオにしたんじゃない、って気もする。
■舞台
Butte, Montana
Elko, Nevada
http://imdb.com/title/tt0377800/
アメリカンスプレンダー
American Splendor
"Ordinary life is pretty complex stuff."
市井に生きる、普通の人のごく当たり前の日常を見たいと思っている、
あまりメジャーとは言えない嗜好を持った人にとっては、すばらしい映画。
アメリカ中西部の日常が誇張なくリアルに描かれている。
過不足なし、がいちばん難しい。
でもこの映画は、とてもいい具合に過不足ない。
暗くてシニカルな主人公がプチセレブに昇格し、
少しずつ幸せを手にしていく描写がとてもいい。
キャスティングも見事だし、何より主人公の部屋のセットもとてもいい。
■舞台
Cleveland, Ohio
http://www.imdb.com/title/tt0305206/
ヒストリー・オブ・バイオレンス
History of Violence
"Everyone has something to hide."
恐怖の描写。
どうすれば恐怖の感情を、観客の内側から喚起することができるのか、
この映画のテーマはそれに尽きるのではないかと思う。
主人公は、戦闘シーンでは超人的に強すぎて、
なんかちょっと興ざめしてしまうのだが、
「恐怖」の本質を描くことが主な目的であったのなら、クローネンバーグは目的を達成したように思う。
殺されたばかりの死体が画面の向こうから匂ってくるような気になる、
強烈でインパクトのある映像だと思った。
ストーリーでなく、視覚(と聴覚)を介して人間の感覚に、それも潜在意識の部分に働きかける。
クローネンバーグの「恐怖」への並々ならぬ執着を感じたけれど、
そんなものに執着し続ける人生はきっと不幸だと思う。おれは嫌だ。
■舞台
millowbrook, Indiana
(ロケはカナダのオンタリオ。ニール・ヤング!)
http://www.imdb.com/title/tt0399146/
ファイブイージーピーセス
Five Easy Pieces
"He Rode The Fast Lane On The Road To Nowhere."
1970年
両親世代との価値観の断絶という、おそらく当時いちばん旬だった主題を描く。
主人公は親世代への違和感だけでなく、周囲の低俗な友達に感じる違和感にも悩まされ
「自分は人と違う」ことをアイデンティティにするがゆえに、
つねに孤独を強いられる、という「ザ・青春の悩み」的な、
自分にも覚えのある、永遠の若者の姿。
「ワタシ、変わってるって人によく言われるんです」。
公開から30年以上経ってしまった今では、がっつり色褪せてしまい
簡単に言えばとても陳腐な映画に思える。
「不朽の名作」だって? バカを言うな。
個人的な好みだけど、どうしたわけか、
70年ごろまでのアメリカの風景はあまり好きになれない。
音楽も60年代の匂いが濃い、モンキーズとかママスアンドパパスなんかは嫌いだ。
クルマも60年代のデザインには惹かれない。
どうもカビ臭く、辛気くさいように思う。
「FREE AND EASY」も、ロールモデルとされる時代が自分の好みとずれているためか、
どうも好きになれない。
この頃のアメリカ文化は、大英帝国からまだ十分に分化されていないような気がする。
「アメリカらしさ」が定着していないような気がする。
じゃあ50Sはアメリカじゃないのか?って言われると、
確かにあれはアメリカなんだけど。
70年代をまたぐ頃に美意識の大きな転換があったんじゃないかって気がする。
どこかでモードが切り替わった。
フラワームーブメントの人たちの果敢な挑戦は、
社会の上部構造には大きなインパクトは与えられなかったけれども、
少なくとも美意識は着々と更新され、産業に内包されて社会に拡散していった。
そして誰も気づかないうちに、70年代後半には
ぼくの愛する「アメリカの原型」が定着した。
無骨なグラフィックや、アメリカらしい(ぼく好みの、という意味だけど)色使い、フォント使い。
Stepeen ShoreやEgglestonが残したのは、そんなアメリカの姿だ。
彼らの写真を見て、彼らの感じかた、彼らの美意識は世界中に薄く広く継承された。
やがて90年代前半に、アメリカではもう一度モードが切り替わり、
90年代モードでアメリカの風景は急速に埋め尽くされていった。
「美しいアメリカ」は失われ、損なわれていく一方になった。
でもこれはあくまでも個人的で印象的な仮説。
「モードの切り替え」が発生したことを実証できるとよいのだけど、
なにぶん見た目の話なので一般化するのは難しいかも。
でもこの前提をもって「アメリカングラフィティ」を見てみようと思った。
今読んでいる「BOBOS」 にもブルジョワジーとボヘミアンの美意識の歴史、
みたいなことが書かれている。
この感想はまた。
http://www.imdb.com/title/tt0065724/