私は勉強も運動もダメでした。あるのは親の買ってくれたものだけでした。
体育の先生も私をいじめました。元気のいいワル系は運動が得意。私はふうふういいながら、はいずるようにゴールしようとすると、体育の先生がうけをねらって私の背中を足でうみつけ笑いをとりました。
体育祭では、予選で負けて出る種目はありませんでした。応援するのもくやしいので、図書館でぼうっとしていました。
2年後、成人式兼同窓会に行きましたが、そこでももを蹴られ、泣きそうになりました。二次回に行こうとすると、『あれ、ネモ機まだいたの?』と誰かが言ってみんな大笑い。泣きそうになりながら、遅れ遅れ後ろにつき、そのまま帰りました。
同窓会の手紙は二度ときていません。
せめて短大ではリセットして仲のいい友達をつくりたかった。
サークル勧誘の席にうろうろしても、太ったぼくに声をかけてくる上級生はいなくて、あこがれのコンパとかは言ったことがありません。
神様はどうしてとりえをぼくにくれなかったのでしょうか。不公平です。若いころから、くやしいことがあるとうちで大声で泣きますが、布団の中で母に聞かれないように泣きます。
母がいじめっこのお母さんとあって孫が生まれたという幸せになっている話を聞くと、目の前がまっくらになります。