品位・品格
Noblesse-Oblige(ノゥブリィース・オブリージュ)と云う言葉がある。高貴な品位・品格と云う意味である。金銭な裕福さとは直接的には関係ない。しかし昨今の風潮は、Celebrity(芸能界の著名人等)を「セレブ」と呼び、テレビに出る有名なタレント・俳優・スポーツ選手らに憧れないと言えば、「何も尖がらなくっても(良いではないか?)」と云うことになる。
評論家の芦屋暁氏は、「12の徳目」の教育勅語は、全体主義や軍国主義を煽ったと批判されて廃止された歴史のノスタルジアに好意的である。しかし、「教育勅語」なる言葉こそが、批判を浴びるイメージを持っている。言葉を変える努力が作家・詩人に無かった事実は悲しい。同氏は品性無き指導者の暴政で良識派が退けられたと・・・。そして荀子を引用して「服装は華美、男性はナヨナヨ、歌は奇妙、風俗は堕落、志望は私利、居は豪勢」と社会廃頽の兆しを嘆く。
それでも2006年からは、建設業でも拝金主義の景気回復は、長期安定的になっている。国土交通省の耐震改修促進法は、今後10年で650万戸もの建設・改修の需要や、5万棟もの学校・病院・デパート等の建設・改修を見込む。前年比50%を超える需要創出のようである。既に首都圏の中小建設現場では労働者が足りないで困っている。
余り歴史の流れに棹差しても生きにくい。そうかと言って、自分に品位・品格がないのも困る。否、その価値観が傷つくのは絶対に困る。そこそこ、品格を保ちながら、極度な拝金主義者にならないように自分を処する(Disciplineする)しかあるまい。いずれにしても、人様にとやかく言う話ではなく、極めて個人の内面的な修行の話のような気がする。私も寿命が尽きるとき、自分の生涯をどう総括するだろうか? 孤独でもそう想うだけでも人生は楽しい。
文責(H18/5):AFP税理士・堂上孝生