国際化
先日、娯楽番組のTVをみていたら「小学生に英語を義務化するのなら、先に日本語をもっと教えなさい。その上で、英語に特化した人材がいるのもいいじゃない」と有名な芸能タレントが、熱弁を振るっていた。とても説得力があった。
アマノジャクの私はこう思った。その話は教育制度の話なので色々な角度から検証しなければならない。教育制度と国際社会での英語力の必要性、言葉の習得に関する科学的な時期の話が同一次元で論じられている。日本が国際社会で生きて行き難くなるような精神構造の主張を、さも尤もらしい説得力で、大衆娯楽番組で一方的にアッピールするのは問題だと・・・。
もう一つ別の角度で、庶民から喝采を浴びそうな、庶民レベルから政府に楯突く話題としては、経済的な格差の問題がある。考えてみれば「金持ち父さん」と「貧乏父さん」というような経済的な格差の拡大は、私も同感で、確かにあるなあと感じる。しかし「それは仕方がない」とここで私が裕福振ってみても空虚感は否めまい。私もマル貧な庶民を標榜する方が言葉の座りも良い。国境などの境界(ボーダー)がないボーダーレスな状態が、国際航空・外国航路による物理的な交流について進み、情報がインターネットで瞬時に国際的に流れ、おカネがサイバーネティックに実需のボーダーを超えて飛び、投機的マルチプル計算が瞬時に国際を走る世界的に下克上の経営環境下にあって、誰だって一瞬の内に立場は逆転する。従って幾ら私が見栄っ張りと言っても、私が一端の事業主だと偽って金持ちの支配階級ヅラの論陣を張ることは、どうしても憚られる。
ただ、ここに国ごとに人々の意識の違いが非常に明確に示されているデータがある。それは平成18年5月17日の日本経済新聞、「人口減と生きる」というシリーズものの記事である。第四部「膨らむ世界の中で」との副題を付けて「次代のアジア、どう描く」と日中韓を比較して取材している。冒頭の有名タレントの主張とは反対の主張であろう。24歳から44歳へのインターネットでの調査で、「30年後のアジアの中心は?」の質問に対し、回答の第1位は日本では東京、中国では上海だそうである。どちらが国際的な答えであろうか?「国際的でなくても正しければよい」と言われそうであるが・・・。その記事によると、自国の成熟度に関して、概ね日本は42歳、中国29歳。アジアの結びつきが強まると答えたのは、日本54%、中国90%。労働力の移動が自由になるか?でハイと答えたのは日本22%、中国60%。30年後の自国の経済的地位の向上は?の質問に日本22%、中国90%前後がハイ。日本は「変わらない・やや悪くなる」が60%とか。日本の若者は良く自国を観察しているようである。
同記事は、10年後のアジアで日本が「眼中にない」と言われないように、国を変える努力を怠れないと締め括っている。ただ、国境や人の心がボーダーレスの時代、村上ファンドも今月シンガポールに本拠を移転してしまった。「英語よりは国語が大事」という主張が妙に説得力を持つ黄昏の日本に、何時までも「金持ち父さん」や若者が住み続けるかどうか疑問である。
文責(H18/5):AFP税理士・堂上孝生