住民自治とか住民参加が強く押し出されています。しかし、肝心の住民の意識がなかなかそうなっていないのが現実のようです。
「総合計画は、住民参加がたのものとなっています。行政が人件費削減から増えていく業務内容を補うには、住民が意識をかえて、自分たちの街を自分たちで管理運営していくまちづくりをしていかなければいけないと思うのですが、
とUさんが書かれています。
しかし、私は、「住民参加」については、ちょっと違うのではないかと思っています。
今の住民参加は、住民生活を守るためとか、住民のニーズに応えるためなどに必要な財源を「所得の再配分」で確保しないで、自治体の負担を減らすために、住民に必要なことは、住民の力でやってほしい。
自治体(市)は、お金がないからできません。という風に市が考えていると思っています。
これでは、真の住民自治は育たないのではないでしょうか。
自立・自助とよく言われていますが、これをいうのであれば、真に、自立できる収入が普通に働いて確保されるべきですね。
それにはおかまいなしで、自立・自助といっても、できるわけないのではないかと思うのですが・・・
また、「都市計画マスタープラン」といわれても自分の生活とどうか変わるのか、ソウ簡単に理解できないから参加者の参加が少ないのではないでしょうか。
自分のくらしに直接かかわってくることが実感できないテーマでは、意見の出しようがないのではと思います。
市民意識の現状と市民生活の現状を無視して、住民参加とか住民自治だから、といって、「おしつけ」になってはいけないと思います。
住民自治は、住民が主体的に物事を考えられるだけの「住民の力」の成熟をはかることが必要ではないでしょうか。
その点では、全体的に、所得の少ない市民が多く、生活に追われている市民が多い尼崎市にとっては、なかなか難儀な問題です。
住民自治が「所得の再配分機能の弱体化」に利用されては、ならないと思っています。
私の意見に納得できないところもおありかと思いますが・・・ 松村ヤス子
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