仕事復帰してから、数カ月

その間にも、抗がん剤をし

なんでこんな辛い思いをしなきゃいけないの?

と、どん底に落ちてました


両親が生活する介護施設から、定期的に来る連絡も

重荷に感じる様になりました

『お父様が37度の、お熱が出ました』

『娘さんにお電話したいそうです』

『お母さんだけど、最近痩せて来たのでもう少し

何か食べたいんだけど、何がいいと思う?』


私の抗がん剤治療や、ステージを知ってても

両親は私に構って欲しいのか、

どうでもいい自分自身の体調不安を

お知らせして来ます


お願いだから静かにしてて下さい

治療に専念させて下さい


そう願って、電話係を姉に代わってもらいました


小学生の時から母の介護が始まり

今でいう、ヤングケアラーだったので

両親から精神的に甘えられるのは、全く違和感が無く

生活してきましたが

私の体調がこんなに悪くなったのに、

相変わらずな、私への精神的な依存に

おかしいよね?と、思い


この数年間は、両親に会っていません


自分の体調がいい時に電話はしますが、

どうしても会いたいと思えないのです


『まだまだ子供ちゃんの為に、長生きしなきゃいけないよ』

私の治療が始まる前に

職場の先輩女性にもらった言葉です


がんばらなきゃいかん


たまに、他人からもらえる言葉が心にしみるのです


でも私の両親から、自分をふるい立たせる言葉は

一つももらえませんでした


ある日、やたら実家に帰りたがる父に、帰宅を諦めてもらおうと自分の病状を伝えると

父は『そんなん手術して切ってもらえれば治るだろ?』

私『もう、手術も出来ないぐらい進行してる』

父『⋯あーわかった、(電話)切るからな』


と、自分の願望が通らないと拗ねるか

怒り狂うのどっちかなのです


もういいわ


自分の体調が限界に達した時に、

両親のお世話をして、自分の身をすり減らして来た事に

気づきました


そして、その頃

ドセタキセルの副作用で、口周りが痺れ出して

しゃべりにくくなり

主治医に、相談したら

ドセタキセルは中止にしましょう


分子標的薬のみにしましょう


と、提案されました


CTの結果は、腫瘍は縮小傾向にあり


手術出来るかも、しれません

とまで言われました


少し希望が見えました