ともだちが
自己肯定の意味を
教えてくれた
「できもしないのに
”わたしはできる”
”わたしは強い”と
自らに暗示をかけること
これは優越コンプレックに
も結びつく発想であり
自らにうそをつく生き方で
もあるといえます」と
そして
そのともだちは
「意図的に自己肯定するには
何か意味があるんだよなー」
とも言った
ちょっとはずかしいですが
僕はじぶんに
「ぼくはできる!」というと
すぐさま
「いや、そんなことないよ」と
返事が返ってくることがしばしば
あります笑
(ちょっとした違和感でした)
なるほど
そういうことだったのかと発見
とういのは
そもそも
自分ができると思っている人は
呪文のように言わないし
「自分はできる」と言うことは
同時に「自分はできないから」と
言っているようなもの
そして、面白かったのが
「あぁ
ぼくはできないと思っていたんだ~」
と気づいたら
なんか気持ちが楽になった
頭の中に
「ぼくはできるんだぞ!」という
決めつけたい炭酸水が
ぎゅっと詰まっていて
栓をされているから逃げ場がない
でも
今回の気づきで
その栓がポンっと抜けた
そして
「ぼくはできるんだぞ!」という
炭酸水はしゅーって出ていった
きっとこのイヤな炭酸水が
僕の思考をコテコテに
していたひとつだった
頭のなかには
たくさんの思い込みが詰まっている
そして
その栓を抜く方法は
おともだちとのおしゃべりや
内観することなんだと
改めて思った