親鸞聖人
悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆゑに 虚仮の行とぞなづけたる
(「正像末和讃」『註釈版聖典』六一七頁)
現代語訳
悪い本性はなかなか変わらないのであり、それはあたかも蛇やさそりのようである。だからたとえどんなよい行いをしても、煩悩の毒がまじっているので、いつわりの行というものである。
浄土真宗本願寺派 総合研究所HPより引用
以下は、浄土真宗東本願寺派 本弘寺 HPより引用
親鸞聖人はご自身のお心を深く深く見つめられて正像末和讃の巻尾に悲嘆述懐和讃を示されました。いくつか紹介しますと
「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり」
「無慚無愧のこの身にて まことのこころはなけれども」
「小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもうまじ」
とお示しくださっておられます。
「悪いことだとわかっていても止めようとは思わないし止められない。心は蛇や蠍のように恐ろしい毒気を含んでいる。」
「悪いことを悪いとも思わず、それを恥ずかしいとも思わない。私のどこを探しても真心など見つからない」
「人を哀れみ悲しむ心など持ち合わせない私です。人を救おうなどと思う心はまったくありません」
簡単に言うとこのような意味になります。