「項羽を殺した男」 藤水名子
自信家に耳はない
確か、映画版「黒い家」の監督、森田さんだったと思うが、
殺人鬼を演じる大竹しのぶさんに対して、「ヘッドフォンし
てるつもりで喋ってください。」って言ったらしい。
曰く、「周りの声があんまり聞こえないという感じで、聞こ
えたとしても、かすかに聞こえるくらい。それで、大きな声で
聞き返すような。」成る程だ。自分のことしか頭にない人間
を演ずるにこれほど効果的な方法もないだろう。
ニュアンスは多少変わるが、信念のある人間も時として、
「ヘッドフォン型」だ。口にするのは成功の将来像ばかりで、
自分は音に酔っているから周りの雑音なんて聞こえないし、
気にもしない。周りからの話になんて、興味も持たないその
姿は苦々しいが、同時に潔くて、美しい。
(そうだ。お前は下種だ。馬童)
―――項羽
覇王、鬼神と評された戦の天才、項羽も耳に詰め物してい
る人間だ。やるといえばやるし、殺すといえば殺す。常に自
信満々で、周りの意見なんて毛ほども気にしない。不可能と
常識を簡単にひっくり返し続けた彼は、けれども悲運に斃れ
てしまう。
本書はその項羽にまつわるエピソードを基にした短編集だ。
ただし、著者本人が書いているように、項羽を主人公にした短
編はひとつもない。あくまで彼に関わった人の目を通して、人
間項羽の姿を描き出す。
「天の、我を滅ぼすなり」
―――項羽(敵陣から聞こえる楚歌に絶望して)
「項羽に恋をしているのかもしれない」とすら告白する著者
の書く小説だから、存分に彼の魅力が引き出されている。中でも
虞美人の視点で項羽を追う「虞花落瑛」は最高だ。
戦場の悲恋が題材なのだが、これに出てくる項羽はたまらない。
ひとたび馬に乗り撃って出れば彼は無敵なのだが、不器用な彼は
女性の扱いと政治を知らない。政治に疎いからこそ彼は追い詰め
られていき、女性の扱いが分からないからこそ心境を吐露できない。
それでも、そんな中でも「もうだめだ」となったその瞬間に
「天が俺を滅ぼしたんだ」と言ってのける。最後の最後まで自身
への信頼を抱いて死んでいく様はあまりにもカッコよすぎる。
確か、映画版「黒い家」の監督、森田さんだったと思うが、
殺人鬼を演じる大竹しのぶさんに対して、「ヘッドフォンし
てるつもりで喋ってください。」って言ったらしい。
曰く、「周りの声があんまり聞こえないという感じで、聞こ
えたとしても、かすかに聞こえるくらい。それで、大きな声で
聞き返すような。」成る程だ。自分のことしか頭にない人間
を演ずるにこれほど効果的な方法もないだろう。
ニュアンスは多少変わるが、信念のある人間も時として、
「ヘッドフォン型」だ。口にするのは成功の将来像ばかりで、
自分は音に酔っているから周りの雑音なんて聞こえないし、
気にもしない。周りからの話になんて、興味も持たないその
姿は苦々しいが、同時に潔くて、美しい。
(そうだ。お前は下種だ。馬童)
―――項羽
覇王、鬼神と評された戦の天才、項羽も耳に詰め物してい
る人間だ。やるといえばやるし、殺すといえば殺す。常に自
信満々で、周りの意見なんて毛ほども気にしない。不可能と
常識を簡単にひっくり返し続けた彼は、けれども悲運に斃れ
てしまう。
本書はその項羽にまつわるエピソードを基にした短編集だ。
ただし、著者本人が書いているように、項羽を主人公にした短
編はひとつもない。あくまで彼に関わった人の目を通して、人
間項羽の姿を描き出す。
「天の、我を滅ぼすなり」
―――項羽(敵陣から聞こえる楚歌に絶望して)
「項羽に恋をしているのかもしれない」とすら告白する著者
の書く小説だから、存分に彼の魅力が引き出されている。中でも
虞美人の視点で項羽を追う「虞花落瑛」は最高だ。
戦場の悲恋が題材なのだが、これに出てくる項羽はたまらない。
ひとたび馬に乗り撃って出れば彼は無敵なのだが、不器用な彼は
女性の扱いと政治を知らない。政治に疎いからこそ彼は追い詰め
られていき、女性の扱いが分からないからこそ心境を吐露できない。
それでも、そんな中でも「もうだめだ」となったその瞬間に
「天が俺を滅ぼしたんだ」と言ってのける。最後の最後まで自身
への信頼を抱いて死んでいく様はあまりにもカッコよすぎる。