「聖殺人者 イグナシオ」 花村萬月 | 「非現屋」

「聖殺人者 イグナシオ」 花村萬月

神様は苦情のメールを書かない

 いつ、誰が書いて、どんな本に載っていた話だったのか
忘れてしまったが、神様についてかなり強烈な説を読んだ
ことがある。曰く、「神とはウィルスである」

 リチャードドーキンスという科学者の説で、ざっくり説
明すると、コンピュータ、生命の世界のように「情報のコ
ピー」(生命の世界はDNA、コンピュータの世界はデー
タ)を主体とする世界には、それのみを目的とする究極の
半生命体=ウィルスが存在する余地がある。

 人と人とのコミュニケーションも、情報が写されていく
のだから、「情報のコピー」の世界だ。そして、自身のコ
ピーの為のみに存在し、ほかに何もしないウィルスがその
ネットワークに存在しているはず。それが神だというのだ。

「オレは祈ったことがありません」
「聖堂で跪くことが祈りではない」
 ―――修道士カダローラ

 花村萬月の醒めた宗教観が大好きだ。有神論とか無神論
の立場で論じるのではなく、「いるかも知れない、でも何やっ
ても、何にも言ってこないじゃないか。」という類のセリフを
登場人物に言わせてしまう氏の小説を読むたびに、冒頭の
「神様ウィルス説」を思い出してしまう。

 本書では、その役をイグナシオという美貌のハーフの少
年に託した。美しくて、賢くて、世間知らず。感情がその
まま人の形をしているような彼は、修道院を舞台に始まる
物語の冒頭で、いきなり友人を殴り殺す。

 刑事の追及をかわし、不問に付された彼は、施設を脱走
し新宿で生きる。それでも彼の感情の炸裂はとどまらない
が、勝手とか、酷いとかの印象はない。ただただ、潔く、
澄んでいるのがこの少年なのだ。

「遊んで殺すなら、俺は止めない。でもマジになって殺すなよ。
 ―――大谷組組長 大谷

 読んでて「痛い」程の暴力描写も読みどころのひとつ。
躊躇のない彼の暴力の振りっぷりに思わず目をそむける事
多々。それでも彼は罰せられない。それどころか逆に、修
道士の一人に修道士に向いていると言われる始末。

 最後になるが、芥川賞を受賞した「ゲルマニウムの夜」
はこの作品に酷似している。焼き直しを批判する向きもあ
ったが、文庫本の解説によれば花村氏はあっさりと肯定し
てしまったらしい。「らしい」エピソードである。

 神様、アドレスだけでも教えてくれませんか?