こんばんは。ペタありがとうございます(*^_^*)
今日は食べたい物にこだわりだした頃の自分を少し思い出していました。その時は全然気付いてませんでしたが、かなりのもんでした。
嘔吐や拒食的な心境から抜けて、食べたい物を…と言われても本当に簡単にはいかないものです。
始めは何が食べたいのかさえ解らない状態でした。
嘔吐や過食以外では同じようなものばかり食べて来て、キャパがとても狭かったのです。
お菓子か食べ慣れたもの…そんな少ない選択肢の中で危ういバランスを保っていました。
でもどうにか普通になりたい気持と、周りの助けもあり、段々その幅も広がるようになってきました。(ツレ達のスパルタのお陰です)
しばらくすると、逆に何もかも食べたいと思う自分にも気付いてしまいました。
そうすると、余計混乱して来て、一日一人の時は、やっぱり何を食べていいかわからなくなり不安になりました。
スーパーを一時間ぐるぐる回って…結局いつもと同じようなもの1つ2つ…なんてこともありました。
そうかと思えば逆に食べたい物が朝から全部決まっていて、その都度細かな違いにこだわって店から店をハシゴしたりもしました。そんな時は歩いて気晴らしにもなるし、いっかぁ…と考えていました。
今思い出しても行動が相反することだらけなのですが。
その時の自分にとっては矛盾ではありませんでした。今にも崩れて行きそうな自分を取りあえず保ちながら、ちょっとずつ進んで行こうとすると、そうしかできなかったのかもしれません。
そうやって細心の注意を払いながら食に向き合っていたので、とても疲れていたと思うのですが、そんな事には気付きもしませんでした。そんな時は空腹も忘れて異常なくらい体が動きました。
何かがあって情緒不安定になると一気にグラグラして食に直結してしまうことも段々わかって来ました。(たいていたくさん食べる)
そんな時は切り替え・切り替え…で行くしかありません。食べた事を否定はしたくありませんでした。
些細な事がつっかかるので、いきなり普通に…とはナカナカ行かないけれど、そんなこんなでちょっとずつ変わって行った気がします。
そのうち
この時期の「何かを食べたい」気持ちは、実際それを食べてやらないと他のモノではごまかせないし、満たされない…と散々色んなことをして思い知るようにもなりました。
置き換えが効かなかったです。(葛藤に負けて色んなモノでごまかそうとした)
なぜでしょう?体と心両方の要求が入っているからかな?
色んなことに慣れて来てさえ、本当はカツ丼食べたいのに、つい安心できる和食を選択してしまったりもしました…
ちょっとしたことで迷って、つい頭で考えた安心できる方を選んじゃうんです(T_T)
それで満足すれば問題ないのですが、結局 後から欲求不満になって和食の後にカツ丼食べた事もあります。
↑
こんな時は本当にヤレヤレ( -_-)と思う
だったら始めっからカツ丼食べりゃ良いのにね 笑。
そんな他の方には理解不能??な失敗も多々でした。
なので、自分の食べたいものにかなり執着した時期がありました。
食べるのに前向き・真剣ってことなんだと思います。
食べてる間も真剣そのものでした。
後で料理に懲った時もそんな感じでした。
でも、どちらも大切な時期でした。
今は?というと
お腹が空いたら適当に何かで満たす…
ながら食い…
も多々です。
料理もある時からいきなり面倒になって、おおざっぱ料理になったり、違う意味でしばらくやらなかった時もあります。興味がうすくなっちゃったんです。
全部自然の流れでした。
最近また手料理の美味しさ・優しさ・楽しさを感じています。
でも自分で作ると、味わかっちゃって感動がうすいんですよね。これも慣れなんですが。
やっぱり誰かの作ってくれた物がどんなものでも一番ありがたいし、美味しいなぁ、とつくづく思ってしまいます。
もしかしたら普通の手料理を毎日食べられる方が一番の贅沢者かもしれません。。
今食べたいのは…素朴なアレです。
ひさしぶりに、明日作りたいなぁ、と思っています。
読んでくださった方、どうもありがとうございました(^^)
今日は食べたい物にこだわりだした頃の自分を少し思い出していました。その時は全然気付いてませんでしたが、かなりのもんでした。
嘔吐や拒食的な心境から抜けて、食べたい物を…と言われても本当に簡単にはいかないものです。
始めは何が食べたいのかさえ解らない状態でした。
嘔吐や過食以外では同じようなものばかり食べて来て、キャパがとても狭かったのです。
お菓子か食べ慣れたもの…そんな少ない選択肢の中で危ういバランスを保っていました。
でもどうにか普通になりたい気持と、周りの助けもあり、段々その幅も広がるようになってきました。(ツレ達のスパルタのお陰です)
しばらくすると、逆に何もかも食べたいと思う自分にも気付いてしまいました。
そうすると、余計混乱して来て、一日一人の時は、やっぱり何を食べていいかわからなくなり不安になりました。
スーパーを一時間ぐるぐる回って…結局いつもと同じようなもの1つ2つ…なんてこともありました。
そうかと思えば逆に食べたい物が朝から全部決まっていて、その都度細かな違いにこだわって店から店をハシゴしたりもしました。そんな時は歩いて気晴らしにもなるし、いっかぁ…と考えていました。
今思い出しても行動が相反することだらけなのですが。
その時の自分にとっては矛盾ではありませんでした。今にも崩れて行きそうな自分を取りあえず保ちながら、ちょっとずつ進んで行こうとすると、そうしかできなかったのかもしれません。
そうやって細心の注意を払いながら食に向き合っていたので、とても疲れていたと思うのですが、そんな事には気付きもしませんでした。そんな時は空腹も忘れて異常なくらい体が動きました。
何かがあって情緒不安定になると一気にグラグラして食に直結してしまうことも段々わかって来ました。(たいていたくさん食べる)
そんな時は切り替え・切り替え…で行くしかありません。食べた事を否定はしたくありませんでした。
些細な事がつっかかるので、いきなり普通に…とはナカナカ行かないけれど、そんなこんなでちょっとずつ変わって行った気がします。
そのうち
この時期の「何かを食べたい」気持ちは、実際それを食べてやらないと他のモノではごまかせないし、満たされない…と散々色んなことをして思い知るようにもなりました。
置き換えが効かなかったです。(葛藤に負けて色んなモノでごまかそうとした)
なぜでしょう?体と心両方の要求が入っているからかな?
色んなことに慣れて来てさえ、本当はカツ丼食べたいのに、つい安心できる和食を選択してしまったりもしました…
ちょっとしたことで迷って、つい頭で考えた安心できる方を選んじゃうんです(T_T)
それで満足すれば問題ないのですが、結局 後から欲求不満になって和食の後にカツ丼食べた事もあります。
↑
こんな時は本当にヤレヤレ( -_-)と思う
だったら始めっからカツ丼食べりゃ良いのにね 笑。
そんな他の方には理解不能??な失敗も多々でした。
なので、自分の食べたいものにかなり執着した時期がありました。
食べるのに前向き・真剣ってことなんだと思います。
食べてる間も真剣そのものでした。
後で料理に懲った時もそんな感じでした。
でも、どちらも大切な時期でした。
今は?というと
お腹が空いたら適当に何かで満たす…
ながら食い…
も多々です。
料理もある時からいきなり面倒になって、おおざっぱ料理になったり、違う意味でしばらくやらなかった時もあります。興味がうすくなっちゃったんです。
全部自然の流れでした。
最近また手料理の美味しさ・優しさ・楽しさを感じています。
でも自分で作ると、味わかっちゃって感動がうすいんですよね。これも慣れなんですが。
やっぱり誰かの作ってくれた物がどんなものでも一番ありがたいし、美味しいなぁ、とつくづく思ってしまいます。
もしかしたら普通の手料理を毎日食べられる方が一番の贅沢者かもしれません。。
今食べたいのは…素朴なアレです。
ひさしぶりに、明日作りたいなぁ、と思っています。
読んでくださった方、どうもありがとうございました(^^)