こんばんは。ペタ・コメントありがとうございます(*^_^*)
今日は「過食」のこと、少し考えております。
私は「拒食」「過食」とか「過食嘔吐」という言葉の意味を、良くなってから詳しく知りました。
とあるサイトで、
「私は嘔吐なしの過食です」とか
「拒食から過食になりました」とか
「嘔吐から過食になりました」と
しきりに書かれているのを見て、皆さんそうやって区別をしている事も知りました。
そこで「過食」のとらえ方にかなり考えてしまったのを覚えています。
「過食」はたくさん食べてしまい、なおかつそれを否定している…状態だと思います。
じゃあ、自分はどうだったのだろうか?と考えてみました。
よくよく考えたところ、嘔吐を止めてからは自分にはその「過食」の考えがあまりなかった事に気が付きました。
葛藤したり、たくさん食べた事をとても恐ろしいとは思っても、否定する気持ちはほとんどありませんでした。否定したくなかったのです。
これは先生や周りのお陰かもしれません。
嘔吐を止めてからもしばらくは半端じゃない食欲になやまされました。でも先生と話して、何かを食べたいと思う事にはそれなりの意味があり(自分でも体を痛め付けてたのは承知でしたし)仕方ない、と思うようになっていました。
それから、他に気になったのは、「過食のスイッチ」という言葉でした。サイトでよく拝見してから、ずっと考えていた時期がありました。。
私にもそれがあったのか、なかったのか・・・・?
でもあまり良くわかりませんでした。
予定の物以外に食べだして止まらなくなる…そのきっかけ・モノという事なのでしょうか、
一番食べたいけど棚上げしてるモノ…という風にも思えました。
嘔吐していた時期には確かにそういう感覚があった気がします。普段は食べたい物とは別に低カロリーにこだわり、予定以外を食べると嘔吐してしまっていたからです。
でも嘔吐を止め、何かを食べたい気持ちに正直に向き合ってみた時、その気持ちにこれは正しくてこれはダメ…などの境目や区別をする必要が一切なくなってしまいました。
色んな物を食べたいと思う気持ち・たくさん食べたいと思う気持ちに本当もウソもないからです。ですからそのような(スイッチ?)感覚もやはりありませんでした。
ただ丸ごと一まとまりの私の食欲・食べたい気持ち…って感じでした。食べだすと止まらない事も含めて。
それと現実的にどう付き合うか・向き合えるか…が問題になっていました。
ちなみに私の一番食べたいものは摂食障害が始まって以来ずーっと断然「チョコレート」でした。あとは、お菓子全般とチーズなんかです。。
でも嘔吐していた時は、それらを普通に食べる事をさけていました。食べだすと止まらないものでもありました。
嘔吐をやめてからも、一番はやっぱりチョコレートでした。たまにそんなものばかりが食べたくて食べたくて頭がキリキリしました。
それで、私の場合は慣れて来たら逆に、チョコレートやお菓子を毎日数回食べるようにしていました。食べだすと止まらないので、食べ切りの量でしたが。
思いっきりマイナスになってた「食べたい気持ち」を満たし続けてあげる…埋めてあげる…って感じでした。
私もそうでしたが、この過食でもない、葛藤・奮闘している期間は、誰しも回復の過程で通る大切な時なんじゃないかなぁ?と思います。
だから「過食」ってネガティブな言葉のほかに、
食べる事を肯定しだした時「回復食」とか「こころを満たす食」とか…もっと良い言葉を作ってほしいです。それが抜けてるなぁ!、といつもいつも感じてしまいます。
食べたことを肯定できているか否かは本人の心でしか解らないし、一瞬で変わってもしまえる微妙なものだと思います。でもこれを保ち続けることは回復にはとても大切なことだと思います。。。
否定した時、一気に拒食的な心境に戻ってしまえる恐ろしさがあるから。
ちなみに私のチョコレートやお菓子・他に対する欲求は今ではしっかり満たされています 笑。
だから何かに強く執着することはもうありません。
何か食べたくなれば我慢しないですぐに食べます。
体が欲しがる物に正直になる、それが一番!と感じています(*^_^*)
今でもスイーツは私の楽しみの一つです♪
みな様も好きな物を少しでも楽しい気持ちで食べられる日が来ますように・・・・。
読んでくださった方、どうもありがとうございました。
今日は「過食」のこと、少し考えております。
私は「拒食」「過食」とか「過食嘔吐」という言葉の意味を、良くなってから詳しく知りました。
とあるサイトで、
「私は嘔吐なしの過食です」とか
「拒食から過食になりました」とか
「嘔吐から過食になりました」と
しきりに書かれているのを見て、皆さんそうやって区別をしている事も知りました。
そこで「過食」のとらえ方にかなり考えてしまったのを覚えています。
「過食」はたくさん食べてしまい、なおかつそれを否定している…状態だと思います。
じゃあ、自分はどうだったのだろうか?と考えてみました。
よくよく考えたところ、嘔吐を止めてからは自分にはその「過食」の考えがあまりなかった事に気が付きました。
葛藤したり、たくさん食べた事をとても恐ろしいとは思っても、否定する気持ちはほとんどありませんでした。否定したくなかったのです。
これは先生や周りのお陰かもしれません。
嘔吐を止めてからもしばらくは半端じゃない食欲になやまされました。でも先生と話して、何かを食べたいと思う事にはそれなりの意味があり(自分でも体を痛め付けてたのは承知でしたし)仕方ない、と思うようになっていました。
それから、他に気になったのは、「過食のスイッチ」という言葉でした。サイトでよく拝見してから、ずっと考えていた時期がありました。。
私にもそれがあったのか、なかったのか・・・・?
でもあまり良くわかりませんでした。
予定の物以外に食べだして止まらなくなる…そのきっかけ・モノという事なのでしょうか、
一番食べたいけど棚上げしてるモノ…という風にも思えました。
嘔吐していた時期には確かにそういう感覚があった気がします。普段は食べたい物とは別に低カロリーにこだわり、予定以外を食べると嘔吐してしまっていたからです。
でも嘔吐を止め、何かを食べたい気持ちに正直に向き合ってみた時、その気持ちにこれは正しくてこれはダメ…などの境目や区別をする必要が一切なくなってしまいました。
色んな物を食べたいと思う気持ち・たくさん食べたいと思う気持ちに本当もウソもないからです。ですからそのような(スイッチ?)感覚もやはりありませんでした。
ただ丸ごと一まとまりの私の食欲・食べたい気持ち…って感じでした。食べだすと止まらない事も含めて。
それと現実的にどう付き合うか・向き合えるか…が問題になっていました。
ちなみに私の一番食べたいものは摂食障害が始まって以来ずーっと断然「チョコレート」でした。あとは、お菓子全般とチーズなんかです。。
でも嘔吐していた時は、それらを普通に食べる事をさけていました。食べだすと止まらないものでもありました。
嘔吐をやめてからも、一番はやっぱりチョコレートでした。たまにそんなものばかりが食べたくて食べたくて頭がキリキリしました。
それで、私の場合は慣れて来たら逆に、チョコレートやお菓子を毎日数回食べるようにしていました。食べだすと止まらないので、食べ切りの量でしたが。
思いっきりマイナスになってた「食べたい気持ち」を満たし続けてあげる…埋めてあげる…って感じでした。
私もそうでしたが、この過食でもない、葛藤・奮闘している期間は、誰しも回復の過程で通る大切な時なんじゃないかなぁ?と思います。
だから「過食」ってネガティブな言葉のほかに、
食べる事を肯定しだした時「回復食」とか「こころを満たす食」とか…もっと良い言葉を作ってほしいです。それが抜けてるなぁ!、といつもいつも感じてしまいます。
食べたことを肯定できているか否かは本人の心でしか解らないし、一瞬で変わってもしまえる微妙なものだと思います。でもこれを保ち続けることは回復にはとても大切なことだと思います。。。
否定した時、一気に拒食的な心境に戻ってしまえる恐ろしさがあるから。
ちなみに私のチョコレートやお菓子・他に対する欲求は今ではしっかり満たされています 笑。
だから何かに強く執着することはもうありません。
何か食べたくなれば我慢しないですぐに食べます。
体が欲しがる物に正直になる、それが一番!と感じています(*^_^*)
今でもスイーツは私の楽しみの一つです♪
みな様も好きな物を少しでも楽しい気持ちで食べられる日が来ますように・・・・。
読んでくださった方、どうもありがとうございました。