こんばんは。ペタ コメントありがとうございます(*^_^*)
今日は食べることを肯定しようと、こころが動きだす時…
について、考えていました。
摂食障害の時、もしまわりの誰かが心配して何か言ってくれても、なかなか素直に聴くことが出来ません。
それは、ひねくれているからではなく、色んな理由で何が正しいか分からないし、ただただ恐ろしくて動けないからです。(こころが凍り付いたよう)
心の中にどんなよどみがあるか・ないか、の問題は置いておいて
原因のひとつには、摂食障害により体の大切な機能にダメージを受けてしまっていることもあります。自覚がありませんが、脳がとてもつらいのです。
ですが……いくら 朦朧としていても、食べる・食べない・吐く・下剤 などを実際に決めているのもやはり自分自身でした。
気が付くと動けないまま(過食嘔吐)長いこと経っていました。その日その日をやり過ごすのが、精一杯だったんです。
わたしの不安や恐ろしさの大部分は、どうやったら治るのか、その前にこれは一生治らないのではないか?、普通になど戻れるのだろうか?、という気持ちでした。
その心が動いた時、は先生が言った簡単な言葉と提案を信じ「治るかもしれない」と思えたときでした。
それを信じれず疑っていたら、今もまだそのままだったと思います。たぶん今悩まれてる方々と紙一重です。
でも、もし専門家や協力者を得ることができても、
実際に心を動かすのは、自分自身の決断でです。
まず「治るんだ」と思い、色んなことを天秤にかけて、自分にとって体重を保つことや、数年先の健康や心の解放よりもやっぱり今現在が重要ならば、まだ動く時ではないかもしれません。
それは自由だし、誰にも強要できないことだから。
食と向き合うのは勇気がいるから、決断や準備には少し時間をかけてかまわないんだと思います。
環境が整えば踏み出せそうな気がする…そんな方もいるかもしれません。家族とよく話し合い、方針を決めるのもその1つなのかもしれません。
私は以前、拒食から一人で立ち上がって頑張っている回復者の方と知り合いました。 ← 彼女ほんとうに強かったです!
その方は悲しい事がきっかけで拒食になりました。
低体重になり入院した時、死を目前にしてやっと「生きる=食べる」を選んだんです…
と言われていました。
その後の体力の回復には相当苦労されたと思います。
進行した拒食の方にとって、ほんの少しでも食物を口に入れる事さえとても大変なことなのを知りました。
摂食障害も初期の段階だと、その気になれば満腹感や空腹感を取り戻す事がすぐにでも出来そうな気になります。
実際そうかもしれません。
そんな時、
まだ訪れない苦痛や危機をいくら説明しても、そこまで自分が実際行ってみないと解らない…という悲しい場合もあります。
みなさんは心が動き出したきっかけはありますか?
逆に動こうとしても動けないならば、何が縛り付けていますか?
また戻ってしまう位の恐ろしさは何ですか?
現実的に何が(どんな環境)あれば、それを緩めることができそうですか?
いずれにしても、心底から「治りたい」と思い、自分なりの環境が整ったなら、
あまり先々の心配をしすぎずに踏みだして欲しいなぁ…と心から願っております。
今日は食べることを肯定しようと、こころが動きだす時…
について、考えていました。
摂食障害の時、もしまわりの誰かが心配して何か言ってくれても、なかなか素直に聴くことが出来ません。
それは、ひねくれているからではなく、色んな理由で何が正しいか分からないし、ただただ恐ろしくて動けないからです。(こころが凍り付いたよう)
心の中にどんなよどみがあるか・ないか、の問題は置いておいて
原因のひとつには、摂食障害により体の大切な機能にダメージを受けてしまっていることもあります。自覚がありませんが、脳がとてもつらいのです。
ですが……いくら 朦朧としていても、食べる・食べない・吐く・下剤 などを実際に決めているのもやはり自分自身でした。
気が付くと動けないまま(過食嘔吐)長いこと経っていました。その日その日をやり過ごすのが、精一杯だったんです。
わたしの不安や恐ろしさの大部分は、どうやったら治るのか、その前にこれは一生治らないのではないか?、普通になど戻れるのだろうか?、という気持ちでした。
その心が動いた時、は先生が言った簡単な言葉と提案を信じ「治るかもしれない」と思えたときでした。
それを信じれず疑っていたら、今もまだそのままだったと思います。たぶん今悩まれてる方々と紙一重です。
でも、もし専門家や協力者を得ることができても、
実際に心を動かすのは、自分自身の決断でです。
まず「治るんだ」と思い、色んなことを天秤にかけて、自分にとって体重を保つことや、数年先の健康や心の解放よりもやっぱり今現在が重要ならば、まだ動く時ではないかもしれません。
それは自由だし、誰にも強要できないことだから。
食と向き合うのは勇気がいるから、決断や準備には少し時間をかけてかまわないんだと思います。
環境が整えば踏み出せそうな気がする…そんな方もいるかもしれません。家族とよく話し合い、方針を決めるのもその1つなのかもしれません。
私は以前、拒食から一人で立ち上がって頑張っている回復者の方と知り合いました。 ← 彼女ほんとうに強かったです!
その方は悲しい事がきっかけで拒食になりました。
低体重になり入院した時、死を目前にしてやっと「生きる=食べる」を選んだんです…
と言われていました。
その後の体力の回復には相当苦労されたと思います。
進行した拒食の方にとって、ほんの少しでも食物を口に入れる事さえとても大変なことなのを知りました。
摂食障害も初期の段階だと、その気になれば満腹感や空腹感を取り戻す事がすぐにでも出来そうな気になります。
実際そうかもしれません。
そんな時、
まだ訪れない苦痛や危機をいくら説明しても、そこまで自分が実際行ってみないと解らない…という悲しい場合もあります。
みなさんは心が動き出したきっかけはありますか?
逆に動こうとしても動けないならば、何が縛り付けていますか?
また戻ってしまう位の恐ろしさは何ですか?
現実的に何が(どんな環境)あれば、それを緩めることができそうですか?
いずれにしても、心底から「治りたい」と思い、自分なりの環境が整ったなら、
あまり先々の心配をしすぎずに踏みだして欲しいなぁ…と心から願っております。