かみさかポートフォリオ -3ページ目

思い出と向き合う

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昔、猫を飼っていた。
飼ってたというより、共同生活をしていた感じが強い。

……と、ここまで書いたら、手がとまってしまった。

彼は野良猫ではなくて、友人から譲り受けた、小さな仔猫だった。彼との暮らしは楽しくもあり、辛くもあった。

それを書き記しておこうと記憶を紐解いていたら、突然、あの時見えていなかった自分の身勝手さが否応なしに迫ってきて、手が進まなくなってしまったのだ。

人間は身勝手だ。

彼との暮らしは、とても幸せだったけど、彼の方はどうだったのだろうか。
生物として幸せだったんだろうか。

それが何となく咀嚼できた頃に、彼の話を書こうと思う。

路地の向こう

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路地が好きだ。

それも、できるだけ細くて曲がりくねっているのがいい。
階段なんぞがあると、もうたまらない。

旅先でも仕事先でも、路地をみつけると踏み込みたくなる。
だから、誰かと歩くより1人で歩くのが大好きだ。

曲がった途端に飛び出てくる猫。

路地を抜けた時、目前に広がる海原。

ゴチャゴチャした階段を登り詰めて、振り返った時に目に飛び込んでくる、人の営み。

角を曲がるたび、階段を上がったり下がったりするたびに、出会う何かを無意識で期待するのかもしれない。

そして軽く裏切られる。

不意打ちの連鎖。
それがまた、たまらなく心地よい。

生きるために

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植物は強い。

置かれている環境が変わると、まるで着ていた服を脱ぐように、それまで開いていた葉をばっさりと落とす。

花屋から、あるいは友人宅からやってきた鉢花なぞは一度バッチリこの状態になるので、枯れてしまったのではないかと、悲しくなる。

でも、そうじゃない。

新しい環境で、新たに生きていく糧を得るために、植物はそれまでの葉を自ら落とす。

そうして暫くすると、新しい環境に合うようにカスタマイズした、新しい葉をつけはじめ、新しい場所で元気に生きていく。
………とても強い。

『人は考える葦である』

かつての哲学者は、私たちを植物に例えた。
それはとても光栄なことなのかもしれない。

雨の次

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しっとりした大気
ゆるやかな風
明るい朝

清みきった色彩
深呼吸する草花
動き始める人間たち

今日あたり、棚上げしていた諸々の夢や希望を、引っ張りだしてみようかな。

陽射しは少し弱いけど、仰ぎ見れば、雨上がりのいい天気。

夢の中で飛ぶ

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飛ぶ夢というのは、若いと良く見るのだそうだ。

現実で抑圧されている自己を開放したい、あるいは今に満足していない人が今よりも尚飛躍したいという思いが、夢になって現れると、飛ぶのだという。

本当の所は、わからない。

ある夜、鼻先10cmのところに地面がある高さで、超低速でジタバタ飛んでた友人。

飛ぶというより浮遊しながら、望む場所に望みのまま訪ねた知人。

階段を駆け降りて、勢い余って飛んでいた親友。

その夢を見た頃の彼らの現実に思いを巡らせると、普段と違う風景が見えてくる。