ドラマの最終進化形『ムー一族』伝説〜行き着いた笑い八分と涙二分〜【後】 | 天地温古堂商店

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歴史、人、旅、日々の雑感などを徒然に書き溜めていこうと思います。そこに目に止まる、心に残る何かがあれば幸いです。どうぞお立ち寄りください。

久世氏のかたわらで『ムー一族』を牽引した樹木希林(1943〜2018)は、このドラマをどう見ていたのだろうか。


『ムー一族』は他のドラマと違うところがあって、一応台本にストーリーや会話は書いてあるんですけど、場面ごとに稽古するなかで、みんなでアイデアを出し合って芝居を固めたんですよ。

久世氏と樹木は、森繁久彌と出会って卓越したアドリブ力、芝居の面白さ、その奥の深さに魅せられた、いわば〝相弟子〟だ。
お互い意図するところは黙っていてもわかっていたのではなかろうか。

あのころの久世さんは、自分のことを「ゲリラ」と呼んでいたけど、いわゆる文芸ドラマをよしとする、あのころのテレビ業界に抵抗していたんじゃないかな。
私も同じ気持ちだったし、だからたとえ邪道と馬鹿にされても、ドラマのなかにコントやギャグや歌を足したんですよ。
そういうことって、テレビドラマの世界ではタブーだったから。


いわば二人は同憂の士だ。

『時間ですよ』から久世さんと一緒に「水曜劇場」をやってきたけど、『ムー一族』が最後なんですね。頭を叩かれたり蹴飛ばされて、そのなかから良い物だけが残ったんじゃないかな。
そういう時代を駆け抜けた集大成が、『ムー一族』だと思いますね。だから面白かったんじゃない?

 

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久世光彦と樹木希林 文春オンラインより


第10回は山県あきらのペンネームで樹木が台本を書き、久世氏が演出している。もちろん家政婦の金田さんは樹木が演じている。
あらすじはこうだ。

夢でうなされる安男。
亡くなった母のうららが出てきて寝小便をしたことを叱責されたという。
そのうららからハガキが届き、一家は恐れおののく。
ハガキのあて先は安男の妻・小春。
徳さんも、この字はたしかにご隠居さんのものだと認めた。
騒ぎを聞きつけて集まったうさぎ屋の一同は、思わず身を固くする。

ハガキにはこう書いてあった。

うらめしいです
心残りです
私がいないからさぞ気持ちよくお過ごしでしょうね
せいぜい羽をのばして安男と仲良くやってください
お逢いする日を楽しみに ウヒヒ
うらら


それを見た安男は、うららがこの世に未練を残していると思い、寺の住職をよんでお経をあげてもらう。そして、小春と自分が一緒にいるのが気に入らないから仏間で寝ると言い出す。

いつまでも母親に甘えて、しっかりしない安男に業を煮やし、家を出ると言う小春。

支度を整えて家を出ようとしたその時、郵便配達人がまたハガキを届けにきた。
ハガキはうららからのものだった。
それを読んで小春は思わず微笑む。
ハガキにはこうあった。

小春さん、元気でやってますか
私は元気で京都のお寺めぐりをしています
出発のときは色々と心づかいありがとう
持たせてくれた梅干のおかげで暑さにも負けず歩き回っています
小春さん、安男に内緒でくれたおこづかい大切に使ってますよ
何から何までありがとう
いい嫁をもって私は幸せです
京都のあとにできれば奈良にも足を伸ばしたいのですが、この二、三日例の神経痛で思うにまかせません
自由がきかない自分が


とまで書いて、②につづく、で終わっていた。
消印は去年の7月。
一年遅れて、しかも2枚目が先に配達されてしまったのだ。
めでたし、めでたし。

仏壇に手を合わせる小春、安男、徳さん。
徳さんが、いう。

ハガキが一年遅れて届いたのは、ご隠居さんの気持ちではないでしょうか。大事な時に旦那さんとおかみさんがしっかりと手を握り合ってやってくれというあの世からの手紙ではないでしょうか。

徳さんに礼を言う小春と安男。

これがこの回の背骨、人情ドラマ、涙二分の部分である。

 

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20歳の郷ひろみは初対面の樹木から「本気で笑ってない、本気で笑ってくれる?笑うのは難しい。そこ勉強しなさい」 BS12ウェブサイトより


しかし、涙は二分で笑いが八分のはずだ。
ドラマは本筋とは関係なく、たとえばこうしてすぐに道草を食う。

◉冒頭、郷ひろみのモノマネそっくりさんで売った芸人の若人あきら(我修院達也)が登場して、拓郎と金田さんの前で郷ひろみの歌を歌う。 

◉拓郎と金田さんが地下の倉庫で『林檎殺人事件』を歌う。

◉拓郎が回文(上から読んでも下から読んでも同じ言葉)を寝言で連発。
いわく、シンブンシ、タケヤブヤケタ、マカオのオカマ、ヘアリキッド ケツニツケ ドッキリ アヘ。

◉朝帰りする平さんに娘のトモコが、玄関を開けようとするとバケツがひっくり返って頭から水をかぶる仕掛けを用意するが、誤ってトモコが水をかぶってしまう。
濡れネズミになった娘に、平さんがひと言。
「ゆんべ、フロ入んなかったの、おまえ」

◉トモコが平さんとケンカし、家出をしようとする。平さんが玄関から飛び出し、トモコを引き止める。食事中だったので手には茶碗を持ったままトモコに追いすがる。
振り切るトモコ。
平さんは、帰ってきて!と叫んで地面にひざまづき、祈るように茶碗を差し出すと、通りかかった通行人が、平さんを物乞いと間違えて、茶碗に小銭を放り込んだ。
なぜか、平さんがひと言。
「おありがとうございまーす」


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郷ひろみと樹木希林による『林檎殺人事件』は大ヒット 女性自身ウェブサイトより


このように、書き言葉の限界は狭い。
この寄り道ドラマの世界では、映像の前では無力に近い。しかし、ない袖はふれず。
そう知りつつ、以下に少しばかり蟷螂の斧を振るいたい。

◉トモコが縁台で朝飯を食べていると、雨が降り出す。すかさずヒモを引くと、なぜか頭の上に降りてくる傘。
そこへ蓑をつけた平さんが来て、一緒に食べ出した。

◉かかってきた電話に出るお手伝いのカヨコ。ところが会話をしているうちに、受話器から白い煙が出てきた。カヨコ、むせながら「タバコ、やめてもらえませんか?」

◉全39回のうち9回が生放送。うち1回は公開生放送。6回目の生放送でのこと。私服姿のザ・ドリフターズが、食事中のお茶の間へ乱入した。まるでスタジオを見学する一般人のようにあたりを見まわし、突然な展開に笑いをこらえつつ芝居をつづける出演者たちを

なに、芝居なんかしちゃって

とからかっている。
樹木希林や伊東四朗、郷ひろみはバラエティで慣れているからうまく対応したが、渡辺美佐子は驚いて少し動揺していた。

◉回文を視聴者に募ったところ、「世の中バカなのよ」というのがあった。
これを気に入った久世氏がすぐさま作詞家の阿久悠に頼んで、ひとつの曲が生まれた。
歌手の日吉ミミが劇中で歌った『世迷い言』。
作曲はなんと中島みゆき。デビュー4年目だった。

◉安男がひたすら痛い目にあう回があった。
まず、仕事場で転んでしまい、鼻に縫い針が突き刺さる。台所で転倒すると、まな板から落ちた包丁が頭に刺さって顔面血まみれ。さらに電話で話し終えて、「いやいや、耳の痛い話でどうも。では失礼」と受話器を置くと、耳が取れて受話器に付いていた。

◉金田さんとカヨコがうさぎ屋職員代表として人気クイズ番組『クイズダービー』に出演した。20000点と好調に得点を重ねるが、最終問題にはらたいらに賭けて不正解。大橋巨泉に「交通費は残ってますから」と慰められる。

 

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金田さんとカヨコ TSUTAYAウェブサイトより


◉最後の生放送が終わればクランクアップ。
このあとセットは不用ということで、最後は消防車がうさぎ屋に飛び込んで室内に放水開始。水圧は猛烈でたこ八郎がすっ飛ばされる。そしてうさぎ屋は全壊した。

◉フィナーレは、出演者全員で歌う『世迷い言』。即席バンドによる伴奏で、番組スタッフのほか、細川俊之がギター、桂木文がキーボード、緋多景子が三味線、近田春夫がピアノを弾いた。


回を重ねるごとに、『ムー一族』はもはやテレビドラマというより、久世氏らスタッフや役者たちが、ひたすらおもしろおかしいことを追求する場と化していった。

つまるところ、久世氏は、『時間ですよ』で従来の王道ホームドラマを壊していった。
予定調和的でないものがドラマを面白くするという確信があったからだ。
しかし、まるっきりアナーキーにはならず、ホームドラマのストーリーの背骨を残しつつ、ギャグや冗談やイタズラなどの〝寄り道〟を随所に散りばめた。
その行き着いた先が『ムー一族』だったといえる。

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『ムー一族』の公開生放送はまるで『8時だョ!全員集合』のよう コモレバウェブサイトより


久世氏は、いう。

『ムー』シリーズは、それまで作ってきた「水曜劇場」のスタイルを壊したいという気分で作っていたんです。

私はこの稿のタイトルを「ドラマの最終進化形」とつけた。
私が若い頃はインターネットもスマホもパソコンもなかった。
娯楽はつねにテレビのなかにあった。
それだけテレビのなかには自由があった。テレビは可能性を託されていた。
現状に満足できない創造者たちはテレビでハジけるしか道はなかった。

少年少女たちは、予定調和的な教科書のようなホームドラマよりも、寄り道して道草を食う笑いのタネが散りばめられたテレビドラマに魅せられ惹かれたのだ。
ハジけたい久世氏らと未知なものにハマった少年少女たちのエネルギーが見事にマッチしたのは必然だったのかもしれない。

久世氏は、『時間ですよ』以降、ひたすら笑いと冗談とコメディにのめり込み、捕虫網を片手に野山をかけまわるようにしてドラマを壊しつづけた。
そして王道ホームドラマだけでなく『時間ですよ』すらも壊し切った『ムー一族』。

メディアが多様化し、テレビ一強の時代が終わったいま、このドラマが最終進化形であることに間違いはないだろう。


※出演者全員で「世迷い言」


【参考】

加藤義彦『「時間ですよ」を作った男』(双葉社)

『「ムー一族」ガイドブック』(TBS)

小泉信一『【由利徹の生き方】「チンチロリンのカックン」「オシャ、マンべ」の説明不能なギャグ…他の喜劇人とは明らかに違った晩年とは』(デイリー新潮)