
キット客席を睨んで、「お客さん!子供を私の演奏会には連れてこないで下さいなー」という無言の声がホールを満たしました。演奏は正確で情感の籠もった素晴らしい内容でしたが、この演奏家の性格を始めに見てしまったせいか? 休憩時間がきたら帰宅しました。
テニススイングを左手を使って打つ練習をしています。
血管か脳がやられて、右手が使えなくなったときに備えて、残こされた左手でテニスを続けるためです。
Heino Kaski作品のLPレコード(CC-5006)を聴いていると、北欧の森と泉に光と妖精が溢れている'ときのないとき'を感じます。1982年アジアレコードで製作された全17曲は私の宝物です。
85年正月の舘野先生のコンサートはお人柄が滲み出て、美しい音と深い感動がホールに充満しました。
芸大の主席卒業でも、奢らず、物静かで、これまでにたくさんのお弟子さんを育てています。
邦人の作品を海外で紹介し、同時にラウティオなどフィンランドの作曲家を世界に紹介している功績は計り知れません。そして、今5本の指が紡ぎだす芸術は私をゾクゾクさせ続けています。
体は蝕まれることはあります。
しかし精神はなにものも冒すことは出来ません。
芸術家は聞く人が満足してナンボです。
今日、北京の柔道審判にして花火職人の女性が「職人は言葉ではあれこれ言わなくても、魂をぶつけ合った仕事をして、花火見物人がeねー!美しいねー!と言ってくれたら幸せです。」と見事に言い切ってくれました。
演奏家の創り出す音楽に対しては、ため息をもって深く共感した聴衆の感動がホールに充満したとき、舞台と客席がひとつになり、しあわせがめぐり・巡るのだと思います。