他の人が

「頑張ってるから自分も同じように」

「気遣いできているから、自分も配慮しないと」

「誰も休んでいないのに、休みを取るなんてできない」

 

 

 

なぜ、人と同じようにしなきゃいけないの

 

 

会社とか法律が勝手に決めた基準でしょ

それはあくまで基準、

「やらなきゃいけないライン」ではなくて

「まぁ平均を取るとこんな感じ」でしかない

 

 

あなたの基準はあなたにしかわからないし

それは大事にすべきだ

 

善悪

体調の良し悪し

気が向くとか向かないとか

 

痛み、痒みとかね

本人にしかわからない

高名なお医者でも「痛いはず」の範疇を越えることは絶対にない

その人はどれだけ学識があっても、あなた自身にはなれないのだから

 

 

 

 

痛い 苦しい 痒い お腹空いたんだけど

 

 

自分の感情には素直に

隣で微笑んでくれるパートナーは、

「頑張ってわかろうとするけど、全ては伝わらない」

なら

「できるだけ言葉で、どうして欲しいのか伝える」

しかない

 

隣にパートナーがいなかったとしたら

自分に正直になればいい

 

痛い、苦しい→119へ通報

痒い、もぞもぞする→孫の手

お腹が張る、下痢をしている→医療系AIに相談

てゆーか寂しいんだけど→出会いを作る

(の前に、ちゃんと自分を客観観して、できるだけ完璧な自分を作る)

お腹が空いた→ご飯食べて モチとか安くて腹持ちいいよ

 

 

 

 

俺はとてつもない寂しがりやと自覚があるので

そのくせ、一人の時間がないとゲンナリしてしまう

ウザい性格なので

 

ですが

なんとかなってるので

 

 

 

あなたもご自身がご自身を判断して

 

自分はダメだ

アホだカスだアレだ

ではなく

 

人間ってわがままな生き物なのだ

って考えてみたらいかがでしょうか

 

 

老人とか病人とかマジで「生きてるだけで精一杯」な人は

本当言いたい放題いいますから

 

 

 

 

 

日本には

生まれる自由も死ぬ自由もありません

残念生まれちゃった罪、を一生背負って

ちょっとでも懲役が気楽になるようにしませんか

 

本当にしんどければ、死んじゃってもいいと思いますけどね

でも死体を片付けるのはあなたじゃないし

人がそれなりに生きると、社会との関わりがあって

その整理も誰かがやらねばなんですよね

 

 

そもそも『死ぬほどの苦しみ」「死んだほうがマシ」

 

死んだ人しか、その表現はできないはずなんですけどね

 

 

 

 

頑張ったって頑張らなくたって

どうせいつかは死んじゃうんだから

 

生きてる間は自分を演じてみるのもアリじゃないですかね

見世物の主役を獲得するのは大変だけど

人生劇場では、あなた以外の主役はあり得ないんだしね

 

 

 

嫌ならやめる

 

それも生きて生活してる人に残された権利だから

こんな自由って、他にはない