幼児のころから
「なんで他のみんなと同じようにできないの」
「変わっている」
「自由時間に、みんなと違うことをしている」
「協調性がない」
「休憩時間以外に、勝手に廊下に出ないように」
「上履きをじっと観るのはやめなさい」
と、
いわゆる先生たちに言われ続け、
親父にそれを咎められて育った
(親父も変人でドロップアウトした人なので
思えば「お前がゆーな」と思うが
「教育というのは自分を棚にあげて話さないと成し得ない」
という俺の今の考え方の基幹になっているので、全否定はできん)
ウチは成績が悪くても「次は頑張れ」程度で大して怒られなかったけど
生活態度でバツがつくとメッチャ怒られたので
そして俺は兄妹で唯一、毎回バツがつくから通信簿見せるのが嫌だった
(↑そして余計なこと書くな、と担任を逆恨みした)
「何でできないんだ」と叱責されていたが
理由がわかんないから改善しないんだろう、と毎回思っていた
自分が中年になると
親父は自分が協調性なくて苦労したから、なんとかしたかったんだろーなと
そんな話をできる年齢になった時には親父は廃人近くて
会話もあんまし成立せず そのまま死んじゃったので
真意は知らん
理解したところで伝える相手もいないので、
ご利用者さんに遠回しでお伝えすると
「ご住職の話を聞いているようだ」と
出家してません
協調性が足りないのは直さねば、と自分から話しかけてみたり
興味のない飲み会に出てみたりしだけど
、、、得るものの大きさより、苦痛のが大きかったかな
今やもう、人生の半分以上過ぎてるから、どうでもいいだろうと
公私ともに会話したい人と話して、
それ以外はそれなりに話して、
LINEも本当に身近な人としかしてなくて
SNSはやろうと思ったら仕様が変わっててよくわからなくて
休みの日は、気づいたら嫁以外と会話してないなんてのもある
でも、
大好きな人がそばにいるし
仕事したらお金も入るし
「協調性」ってそんなに大事なのかな
「人と違うことをしている」ってそんなに悪いことなのかな
THE LAST ROCK STARSの動画観てたら、そんなことを思った
めっちゃ個性的で、間違いなく協調性なさそう
だけど、、、
大成する人たちっていうのは、
強烈な個性があっても、どこかで納得させるような協調性があるんだろうな、と
対バンさんと繋がりがあって、お互いに高めあっていけるんだろう
バンドとかやってた当時、もちろん対バンさんは尊敬してたけど
どうにも積極的に関わることができなくて
大成してる人たちは結局、そういう壁をすんなり越えられる
「やぁやぁ、今日は対バンありがとう」って笑顔で握手できる人たち
自分のステージしか考えていなかった俺とは器が違う
天国の親父へ
俺は凡人なので、
別に「多少変な人」でも、許してもらえんだろうか
親父の理想と違う形に育ったけど、
協調性がないので友達は少ないけど、
やろうと思ったら一人でもやる、というのは
そこは評価してもらえないかな
通信簿で子供を判断しちゃダメだぜ
ちょっと困るのは、
職場で新しい人が入っても、どう接していいかわからないんだよな
どうせなら小学校ん時、そういうの教えて欲しかったよ