2008年の今日、7月10日に忌まわしい長期入院が始まった。例によってアルコールを飲んでも飲まなくても苦しいという状態になって、1人で病院に駆け込んだ。

出迎えた院長曰く、君はこれまで任意入院だと勝手に退院してしまうので、医療保護入院でないと入院させない、その代わり、待遇はいつもと同じ任意入院と変わりなく扱う、ただ一点違うのは勝手に退院が出来ないということだけだと。

そして長い長い入院生活のスタートを切ったわけだが、実は入院直後からの事件でゴタゴタした時期と主治医がB先生に替わってからの時期の記憶ははっきりしていたのだが、その間の2、3年の記憶があまりなかったのである。6年4ヶ月入院ということは運動会とか夏祭りとかクリスマスとか年に一度の行事も6、7回あったはずだが、それだけの記憶がなかった。記憶が飛ぶほど長すぎたということであろう。

そして今つくづく思うのは、こうやって退院後6年以上を外界でユーチューブに挑戦したり、それなりに楽しく有意義に生活できたのは退院できたからである。若いB先生に主治医が替わっていなければベテランのI看護師が言ったように退院出来ていなかったかもしれない。いや多分そうだろう。

廻りには20年、30年と入院している人や、そうなるであろう人がゴロゴロいた。私も今頃は入院13年目かとうつろな目つきで暮らしていたのは間違いないような気がする。

温厚そうで柔かな顔をしている院長だが、仕事は仕事、患者は患者、まして精神病患者など子供の頃から見慣れていて、金の卵を産んでくれるブロイラーくらいの感覚しか持てない人格になっていてもおかしくはない。

しかしとにかく退院出来た。とにかくB先生のおかげだ。
私の退院したい気持ちを叶えてやろうと渋る院長を説得し実現させてくれたB先生には感謝しかない
その上に微かなチャンスを生かすことが出来た自分を褒めたい気持ちもある。

とりあえずあの入院から13年記念日、あの頃はまだ一応50代前半だった、若かった笑