退院したのは2014年11月14日であった。荷物の一部は事前に病院の職員と一緒に運んでいたので当日は身の回りの荷物、紙袋2つか3つであった。
タクシーを呼んで一人で退院しても良いという許可は出ていたのだが、父が迎えに来てくれるというので心強く、心底嬉しかった。その時父は91歳くらいだったので病院側も気を利かして一人で退院しても良いと言ってくれたのだが。
それから5年過ぎた(さすがの父もそれから半年位して運転はやめた)。
本当にあっという間だった。あの6年余りに及ぶ不自由な入院生活はとてつもなく長く感じたが、娑婆での気ままな5年間は嘘みたいに一瞬に過ぎ去った。
3年前の今頃は母が亡くなった。先日3回忌だったのだが、弟のことが原因で参加は叶わなかった。A院長と弟。私の人生で最も酷い目に合わされた二人である。
私は運命論者的な所があって何となく「大宇宙の神様」というものを信じている。振り返ってみて、60年以上も生きていると何人か私に理不尽なことをした人がいた。しかしその人たちは全員大なり小なり不幸になっている。
天罰というのだろうか、偶然かも知れないが。それを信じていれば何も私が手を下す必要はないし、またそんな事は中々出来るものではない。
だから以前書いたが、この二人よりは長く生きていたいし、生きていけそうな気がするのだ。一方は歳上の医者、一方は歳下の弟。私は生きているときの幸不幸はともかくこの二人よりは長生きする事で見返してやりたいと思っている。
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最近、高齢の老人の暴走運転によって妻子の命を奪われた男性のニュースが流れているが、全く可哀そうで見ていて涙が止まらない。
何も非のない母子が一瞬に命を奪われ(何十メートルも飛ばされた数秒間の恐怖の上)、本当に可哀そうでならない。私も車に跳ね飛ばされた経験があるから少しは分かる。そして残された男性・・・・・。
こんな人に比べれば、私は悪くないのに・・・なんて言えるか、あまり声を大にしては言えない。アル中で繰り返し精神病院に入院したことが人生の全てであったとも言える。アルコールで身を持ち崩した男が、人生の終盤において今更・・・と自嘲気味に言えばそうだ。
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これでずっと思っていた5年目の区切りがつき、もうあせって考えなくてもよい。
アルコールは止まった。今で2年半飲んでいない。不思議と欲求が湧かないのだ。その上、半年ほど前から断酒会にも通っている。7月初め、夜祭りで2本買ったノンアルコールビールの1本がまだ冷蔵庫に残っている。このまましらふで生きていければ良い。
友達は失くしたけれども、人間は一人で生まれ一人で死んでいくものだから元々だと思えばいい。
ブログは今日で最後にする予定だったが、まだ全然書き足らないので、法に訴えることは出来なくなったけれど気が済むまで書こう。