これまでに院内感染について述べてきたところをまとめると、医療機関としては、まずは院内感染防止対策を充実させる必要があります。

 院内感染防止対策については、現実問題としては、医療機関の規模によって、どこまで行う必要があるのか、どこまで行うことができるのかは異なると思われますが、いずれにしても、その医療機関全体で組織的に行う必要があります。

 また、いくら委員会を設置したり、マニュアルを策定しても実行しなければ意味のないことは言うまでもありません。

 この点、厚生労働省からも、院内感染対策に関する各種通達(「医療施設における院内感染の防止について」、「良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律の一部の施行について」、「薬剤耐性菌による院内感染対策の徹底及び発生後の対応について」、「医療機関等における院内感染対策について」等)が出ていますので、これらも院内感染防止対策の充実を図るうえで参考にしていただければと思います。

 また、当該医療機関の関係者が各自、院内感染防止につとめ、担当医師と検査担当者など関係者間のコミュニケーションを取ることも重要です。

 そして、担当医師には、感染症が疑われる場合には、速やかに起炎菌を同定するための検査、作業を行って必要な予防措置をとり、感染後は起炎菌に最も有効な抗生物質を選択して、これを速やかに投与するなどして早期の治療を行うことが求められます。
 

 執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)

 つぎに、医療機関に院内感染防止義務違反があったとは認められなくても、担当医師の感染症防止措置が不十分であったり、担当医師の感染症発症後の治療が不十分であったとして、結果的に医療機関の法的責任が認められた裁判例について見ていきます。

 感染症防止措置については、最高裁判所平成13年6月8日判決があります。

 これは、外科手術後の細菌感染症に対する予防措置について医師の注意義務違反を否定した原審の認定判断に違法があるとされた事例です。
 その中で、最高裁判所は、「重い外傷の治療を行う医師としては、創の細菌感染から重篤な細菌感染症に至る可能性を考慮に入れつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染に対する適切な措置を講じて、重篤な細菌感染症に至ることを予防すべき注意義務を負うものといわなければならない。」と判示しています。

 また、担当医師の感染症発症後の治療が不十分であったとされた裁判例はいくつもあります。

 その多くは、速やかに起炎菌を同定するための検査、作業を怠ったもの、起炎菌に最も有効な抗生物質の選択を誤ったもの、早期の適切な治療薬投与を怠ったものです。

 私も同種事案を取り扱った経験がありますが、その事案でも、上記の3つの点が問題となりました。
 当該事案は、感染症が疑われたにもかかわらず、速やかに起炎菌を同定するための検査が行われず、汎用的な抗生物質を投与して様子を見た後にはじめて起炎菌に最も有効な抗生物質が投与されという経過をたどり、起炎菌に最も有効な抗生物質が速やかに投与されなかったために、治療がいたずらに長期化したという事案でした。

 そのほか、主治医が細菌培養検査の検査結果を手術担当医師に伝えず、手術担当医師も検査結果を確認しないままに手術をしたため医療機関の法的責任が認められた裁判例もあります(大阪地方裁判所平成10年4月24日判決)。

 

 執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)

 患者さんと医療機関との間の診療契約において、医療機関は付随的義務として安全管理義務を負い、その中には院内感染の防止義務も含まれます。
 この防止義務違反、すなわち医療機関の院内感染防止対策が不十分であったことを過失として医療機関の法的責任を認めた裁判例はあまり見られません。

 医療機関の法的責任を認めたものとして、大阪地方裁判所平成12年1月24日判決のあげられていることがありますが、これは病院給食を通じてサルモネラ菌を感染させたことが診療契約上の債務不履行であるとされた事案であり、あまり参考にはなりません。

 そこで、ここでは、逆に、医療機関には院内感染防止義務違反がないとされた裁判例について、これらに共通する傾向を見ていくことにします。

 これらの医療機関には院内感染防止義務違反がないとされた裁判例では、当該医療機関において、院内感染防止対策が充実していたという共通点が見られます。
 これらの医療機関では、早くから院内感染防止対策がとられていたものと推察されます。

 そして、実施されていた具体的な院内感染防止対策としては、院内感染防止対策委員会の設置、感染対策ガイドラインの策定、環境細菌検査や医師・看護師への保菌検査の定期的実施、消毒・手洗いの徹底、廃棄物適正委員会を設置しての計画的廃棄物処理、ベッドセンター・リネンセンターの衛生基準の策定、専門の清掃業者による清掃の徹底等があげられています。

 このように院内感染防止対策が十分に講じられていれば、裁判所は、医療機関に院内感染防止義務違反があったとは容易には認めないものと考えられます。

 

 執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)

 院内感染をめぐり、医療機関の法的責任が問題となるケースにおいて、近時は、医療機関の法的責任が厳しく問われる傾向にあります。

 裁判になるケースとしては、大学附属病院をはじめとする高度医療機関での事案がその大半を占めていますが、それ以外の医療機関の方々も、自らの医療機関においても起こりうる問題として、他人事とは考えずに問題意識を持っておいていただきたいと思います。

 ここ20年くらい前までは、院内感染をめぐり医療機関の法的責任が問われた裁判においては、感染経路が不明であるということで、医療機関の法的責任が容易に認められることはありませんでした。

 そのような裁判においては、患者さんの側で、自らの負った損害が院内感染によるものであったという感染経路を立証をする必要があり、その立証の困難さも一因であったと考えられます。
 しかし、院内感染のメカニズムの解明などが進んだことによって、次第に感染経路が特定されることが増え、それに伴って、医療機関の法的責任が認められることも増えてきました。

 ただし、医療機関の院内感染防止対策の不十分さを過失として医療機関の法的責任を認めた裁判例はさほど多くはありません。

 医療機関の法的責任が認められたケースとしては、担当医師の感染症防止措置が不十分であり、これを過失としたものや、担当医師の感染症発症後の治療が不十分であり、これを過失としたものがほとんどです。

 以下で、詳しく見ていきたいと思います。

 

 執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)

 東京地方裁判所平成15年3月20日判決からすれば、医師は、必ず医療機器の使用方法等について熟知しておくことが必要であるということになりそうです。

 ただし、この裁判例で問題となった医療器具は、内部に組み込まれたプログラムや外部のコンピューターで制御されているような高度先端的な医療器具ではなく、比較的構造が単純で、医師がその構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解しうるものであったと考えられます。

 よって、医師に、上記のような高度先端的な医療器具についてまで、同じような理解、認識が求められるとまでは考えられません。

 ただ、どのような医療器具についてであっても最低限の構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解するよう求められる可能性はあると考えられます。

 したがって、医師としては、どのような医療器具についてであっても、最低限の構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解するよう努めていただきたいと思います。

 また、医療機器の整備についてはこの裁判例では触れられていませんが、医療機器の整備不全についても医師の責任を問われる可能性が考えられます。

 よって、医師会等が出しているマニュアルや指針等(医療安全管理指針、院内感染対策指針、医薬品安全使用のための手順書、医療機器保守点検に関する計画など)をもとに安全計画を立てて、計画的に日頃から整備を行っていただく必要があります。

 

 執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)