医者叩き番組の記事の補足ですが、


一般に言われている盲腸とはそんなに簡単な病気でしょうか?




昔よく聞いたのは、


「盲腸で入院した。2~3cmの傷で、簡単な手術ですぐ治った。」


という話です。




さて、いわゆる盲腸という病気は、実際には虫垂炎に相当します。


特に、発熱、嘔吐、下痢を生じ急激な右下腹部痛で


歩くどころか、寝ていてもいてもたってもいられない状態になった場合、


急性虫垂炎として緊急手術適応となる病気です。



・・・いいですか?


この時点で、常識的に考えてください。


激痛でいてもたってもいられないので、緊急手術を要する病気が、


簡単な病気ですか?


・・・そんな訳ないでしょう。



病状の悪化が時間単位で進み、手遅れになれば治療が困難になる、

場合のよっては命にも影響する、という病気が緊急手術の適応です。


癌は難しい病気だと知られていますが、

それだけで急性虫垂炎ほど急を要する対応を迫られる訳ではなく、

数日かけて検査を行い、待機的に手術が行われます。




しかし、急性虫垂炎の患者が来ると、1~2時間のうちに


検査(血液、CT、エコー等)
インフォームドコンセント、
手術の同意書作成、
手術室の準備、

を行い、今行っている診察、治療などを切り上げて手術に向かいます。


この間、病院は一人の患者の為に、十数人がフル回転で働く訳です。


そういう意味で、急性虫垂炎は大変な病気だと、解ってもらえるでしょうか。



ただ、虫垂炎は癌ではなく良性疾患の場合がほとんどなので、


手術でしっかり治療すれば劇的に改善し、原則的に再発しない完治が得られる


訳ですから、そういう意味で確かに癌とは違い軽い病気であると言えます。


(まあ、良性疾患と悪性疾患を比較すべきではないでしょうが、
良性だから軽い病気で治療も手術も簡単だ、という訳ではない、
とお伝えしたかったのです。)


ただし、虫垂炎も手術で簡単に治るとも、限りません。


なぜなら、虫垂が炎症で腫れすぎて破裂すると、腸液が腹腔内に漏れ、

術後腹腔内膿瘍形成や、腹膜炎が長引いたり、術後創部感染を生じ易いからです。



・・・では、なぜ


「盲腸(急性虫垂炎)は簡単な病気。2~3cmの傷で簡単に治る。」


という話が出回ったのでしょうか?


それは、


一昔前は右下腹部痛があれば、


虫垂炎であろうとなかろうと、


虫垂炎の疑いとして、どんどん手術をして虫垂切除をしていたからです。



・・・なぜなら、当時はまだまだCT、エコーも普及していない時代で、

抗生物質も限られたものしかありません。


右下腹部痛を少しでも訴えるものがいれば、虫垂が破裂した場合の危険を考えると


右下腹部を切開し、疑いでもなんでも虫垂を切除した方が安全だった訳です。



その場合、多くの切り取られた虫垂は少し腫れ上がった程度で、 


周囲の癒着もなく、膿も溜まっていないものなので、


「盲腸の手術はすぐに終わる。簡単な手術、軽い病気」


と言えた訳です。


・・・ところが、状況が変わりました。


CT、エコーの普及による診断能力の向上、そして抗生剤の進歩です。


一昔前はおいそれと撮る事のなかったCT検査は、現在の日本の医療では

当たり前の様に日常の検査として行われています。 


(こんな国は日本だけです。本当にいい国です。)



その結果、右下腹部痛には虫垂炎だけでなく、


回盲部大腸憩室炎、回腸末端部炎、女性の場合は卵巣炎だったりが解るように


なった訳です。




・・・つまり、一昔前に右下腹部痛で虫垂切除を受けた人の中には、


実際は虫垂炎でなかった人も含まれていたと思われます。




・・・そりゃ、簡単な手術でしょうね。


腫れもしていない正常な虫垂を切ってくるだけですから。




なるほど、2cmの傷で切れたすぐ退院した、なんて武勇伝も納得できますよ。


私は、このあたりのいきさつが「盲腸は簡単な手術、軽い病気」という迷信を

作り上げたのだと考えていますが、如何でしょうか。




コレを聞いて、「必要の無い手術をされた!」と怒りを感じる方もいるかもしれませんが、


当時は、診断能力も有効な抗生物質も発達していなかった為、

「試験開腹術」による診断と治療が一般的だったとご理解ください。



それに、炎症を起こす菌の中には嫌気性菌と呼ばれるものがあり、


空気に触れさせる事で菌を殺す事ができる場合もあり、


開腹すること自体が治療となっていたとも言われています。



・・・抗生物質の進歩も状況を変えました


よく効く抗生物質をどんどん使うことができます。(これも、日本人は過剰に消費しています。)


それで大抵の軽い炎症は治まってしまいます。



これまで、ちょっと右下腹部が痛くなった、で手術になっていたのが、


抗生物質で炎症が治まり痛みが無くなる、いわゆる「チラす」という事


が可能になった訳です。



そりゃ手術よりも薬で治る方が、誰しも好みますから


軽度炎症では虫垂切除は行われなくなってきた訳です。


=簡単な部類の虫垂切除術は少なくなった、と言えます。



でも、こうなるとCTやエコーでみて、


もう明らかに腫れているから手術した方がいい」


と言っても、


「なんとかチラしてください。仕事の都合があって云々~」


と抗生物質の恩恵を最大限に受けようとします。




その結果、


抗生物質でも収まりがつかなくなった、


こじらせて炎症のひどい、壊死した虫垂炎が、ようやく手術対象となる


=難しい部類の虫垂切除が増えてきた訳です。



・・・どんな状況か想像つきますか?



実際ひどいものです。(-_-メ



何度も炎症をチラしてきた右下腹部は腸が腹壁に癒着してしまい、


その間に膿が溜まってひどい炎症で、ボロボロになっている訳です。



何処が虫垂の付け根なのか判断する事が困難な場合、小さな皮膚切開では

無理だと判断して、大きく切らなくてはなりません。


なるべく感染を広げないように注意しながら、炎症でもろくなった周囲の組織を

傷つけないように気をつけて、尚且つ溜まった膿は十分に綺麗に洗い流す。


それを、できるだけ小さな傷で行う訳です。



そんなのは、2~3cmの切開では到底できません。



私は、この現状から虫垂炎の保存的療法は初回発作時のみ、と推奨しています。

(もちろん画像診断次第ですが)


「今回は薬でチラす努力をしますが、薬で治まらない時、


治まっても2回目の発作の時は、積極的に手術を受ける事を考えてください。」


と説明します。。。



壊死性虫垂炎で腹腔内膿瘍を形成しているケースでは、

術後創部感染を生じ、縫った皮膚のすぐ下で化膿して傷が開く事も

めずらしくありません。


その他、術後も腹膜炎が長引いたり、腹腔内膿瘍が再発したり、

腸間膜の癒着で術後腸閉塞を生じたり、と

合併症で再手術が必要なケースも、時々見られます。


・・・決して、盲腸だから、と侮る事はできない訳です。


まあ、どんな病気も侮ることはできない訳ですが。




<医者の常識、世間の非常識>

盲腸(急性虫垂炎)は、決して簡単な病気ではありません。

傷が大きくなる事も、腹膜炎で命に関わる場合もあります。

合併症に苦しめられる事もあります。
薬でチラしすぎには、注意しましょう。







<以下、コメント>





大きな新聞意見広告などに是非載せて頂きたいですね!
by Kim (2006-12-27 22:04)



いつもコメントありがとうございます。

新聞とはいい考えですね。頑張って書いてますが、広報活動が少ない為か
一番多い記事で1700pv程度ですから周知には程遠い・・・、というか
自己満足ですね(^^;まあ、ブログですから。
投書でもすれば取り上げてもらえるでしょうかw

どなたかご覧の出版関係の方、お願いします(^^)
by Doctor-D (2006-12-28 08:23)





はじめまして。
「盲腸は簡単な病気ではありません」というのは実感です。
離れて暮らしていますが、
今年の夏、我慢強い母親が、休日おなかが痛いということで
休日当番医に見てもらったら「盲腸かなぁ」で帰されて、
翌日あまりに痛みがひどいので総合病院に行ったら即手術。
盲腸が破けていて、洗浄やら何やらで結構大変な手術になったようです。
入院期間も、歳のせいもあるかもしれませんが1ヶ月くらいかかりました。
今元気だからいいようなものの、盲腸≒簡単という気持ちが患者にも医者にもあるような気がします。
思い込みは危ないという良い例なんでしょうね。
それも含めて、「いのち」とはということが話題になった今年の後半でした。
by アックン (2006-12-28 10:00)



はじめまして。
お母様は大変でしたね。虫垂炎は穿孔するかしないかで、

全く重症度が違ってくるので、気をつけなくてはなりません。

ご指摘の通り、内科の先生の中には盲腸は軽いし

手術も簡単だと思っている人もいて、ギャップを感じます。
病気はどんなものも侮れない、という事は身に染みて感じています。
by Doctor-D (2006-12-28 16:16)




は じめて拝見しましたが、感動しました。

医療を本当に良くしようとしているのは、決してマスコミではありませんね。

医師、教師、役人(官僚)、警察官など、 ある意味権力と名誉と地位を持っている者

に対してのマスコミの批判は、時に度をこしていますね。しかもセンセーショナルに

悪いことばかりを言い立てて。こ のような種類の人間達は、本当はすばらしい人々

でなければ結局自分たちが困るのに、わざわざ敵対させ貶めるような世論にもっていこうとする。

嫌な構図で す。少しでも先生のような意見が世の中に浸透していくことを望みます。
by はじめまして (2007-01-08 15:22)




コメントありがとうございます。
感動したとのお言葉を頂き、嬉しい限りです。(^^
マスコミとは、古来大衆を楽しませるものとして生まれたかも知れませんが、
現在の情報化社会の中では、それ以上に重要な役割を担っていることを
もっと自覚してもらいたいものだと、日々感じています。
by doctor-d (2007-01-10 00:48)