三浦友和さんと忌野清志郎さんは都立日野高校の同級生。三浦友和さんが高校時代を語った記事が朝日新聞デジタル版に出てました。


2人は親交があり大学にも行かず専門学校も辞めてフラフラしていた友和さんを俳優の道に進ませたのは忌野清志郎さんのマネージャーだったらしいです。


さて記事の中に、当時ギターばかり弾いてプロになると言っていた忌野清志郎さんのお母様が心配して新聞の相談欄に投稿した記事が載っていました。寝坊ばかりして、何にもしない息子が心配だと。


回答は羽仁進さん。

あんまりダメダメ言うと逆効果だから、ギターを続けるためにも経済的バックグラウンドを作るために大学に行ったらとアドバイスしてみてはって答えです。知り合いの息子もおんなじだったけど今は学校の先生だと。


でもね、彼の覚悟は尋常じゃなかったんでしょうね。おかげで私たちは今も数々の名曲が聴けるのです。


日野高校の恩師を歌った歌です。

私の好きな曲の一つです。


すでに忌野清志郎さんも、モデルになった小林先生も他界されましたが、当時の2人は今もこの歌の中に生きています。1967-1969年の2人の関係が私のオーディオルームに蘇ります。