
最近、20代の若者達と、馬鹿げた話や仕事の話も交えながら、国防、経済、外交、教育などなど、国際情勢や国内のニュースを含んだ会話をよくしています。
話をするなかで感じたのは、ほとんどの若者は、ご年配の方々と比べ、日常生活で政治に触れる機会が少ないということです。
政治の話題がテレビやニュースで飛び交っていたとしても、自分と直接関係がなければ面白おかしく捉えたりすることもあるでしょうが、その前に、そもそも政治とは何なのかを考えてみたいと思います。
政治とは、社会に対して全体的な影響を及ぼし、社会で生きる一人一人の人生にも様々な影響を及ぼすとありますが、ここをどこまで腑に落としているかだろう。
一方で、政治家の立場として、日本のことを考え、発言していると自分では思っていたとしても、傍から見れば、政治屋として発言していることのほうが目立つのは、私だけではないだろう。
その発言が今後、どのような影響を与えていくのか、政治家なら数十年先の日本の姿を見抜き、大所高所の立場から判断をしないといけないのではないのか。
今では、政治が本来の使命を実現しているかの信憑性も問われるなか、社会に出て、働いている若者なら少なからず、未知なる政治に関心を抱いていることもあるんですね。
そんな会話のなかで思ったことは、夢がない若者が非常に多いことです。
小さい頃は漠然としていても、将来は何になりたいか、一つや二つはあっただろう。
しかし、いざ大人になれば、働きたくても働きたい仕事がなかったり、仕事をしていても、マンネリ化する仕事に気持ちがついてこなかったり、給料は安かったり、人間関係でうまくいかなかったり、なかには、「人に優しい会社で働きたい」という若者もいます。
「夢がないとは、自分のやりたいことがないということ」
特に、地方になれば選択肢も狭まるので、都会に魅力を感じては、故郷を後にする若者も多いことだろう。
ただし、地方の若者すべてが都会に憧れているわけでもない。
都会にはたまに行くけど、住むとなれば話は別って感じかな。
地元では魅力を感じる仕事がないと、若い人からよく聞きますが、ただ生活をする為だけに、働いているような感覚なのかもしれません。
そんななか、20代の若者も、夢はないと言っていましたが、自分の長所(強み)はあるようだったので、その長所を磨き続けたり、その長所に付加価値を付ける努力を怠らなければ、必ず道は拓け、自ずと環境は変わる。
これからの日本は、世界は、どの方向に進んで行くのかを考え、自らの長所に照らし合わせながらビジョンを描いてゆく。
そんなわくわくするようなビジョンが見えたのか、20代の若者は、なんだかやる気が出てきたと希望に溢れている様子でした。
自分の才を活かして職務を全うし、会社も発展すれば、それはさぞかし幸せなことではないだろうか。
私は、その幸福感が強ければ強い程、生かされているという有り難みも出てくるものと思うのです。
夢や目標があるからこそ、人は勤勉になり、やる気に満ち溢れ、自助努力の精神が身につく。
夢や目標が大きければ大きい程、責任感や使命感が出てきて、その信念はちょっとやそっとでは折れない不動のものとなる。
ここ舞鶴で、若者が夢を持てるような仕事を増やし、人々を幸福にしたいという企業家精神を持った若者をどんどん輩出させたい。
若者のまだ見ぬ創造力を、若々しい力をどんどん発揮し、チャレンジができるような夢と希望溢れる街作りがしたい。
ですが、今の日本では規制が多く、新しいチャレンジがなかなかできないでいる。
それでは、現状を維持するどころか、発展を妨げる原因になってはいないだろうか。
若者が夢に向かってチャレンジをする受け皿を、国や市が持つことで、政治に関心を持つ若者も増えてくるのです。
時代の要請に応えることができるのは、若い力です。
その若い力に、
信念を、情熱を、智慧を、勇気を、志を持ってこそ、時代を変える力となるのです。
「夢なき者に成功なし!」
私も、今まで仕事を転々としてきた者ですが、そんな私の夢は、政治家兼教育者になり、多くの若者に、この国を愛し、この国に生まれて良かったと、心の底から誇りを持ってもらうことです。
ご年配の方からは、最近の若い者は甲斐がないとも言われますが、その期待に応えるべく、まずは自らが率先あるのみです。
私は断じて諦めません。
多くの若者が、舞鶴で自分の夢を見つけ、その夢を実現すべく、形作って参ります!!
真下こうじ







