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今日は、地元舞鶴にて新年のご挨拶まわり&ポスティングに奔走です(^o^)/

私にとってかけがえのない最っ高の仲間がいるから、一人も欠かさずご挨拶をさせて頂きたいのが、今の率直な心境です☆














さて、今年1月から運用開始となったマイナンバー。

安保法案で日本が揺らいでいた昨年の9月に、改正マイナンバー法案が可決、成立しました。


挨拶まわりでは、このマイナンバー制度について、喜びよりも不安の声や、「よく分からないからそのまま放置している」と言う声が非常に多くございました。


個人情報の一元管理で、行政も国民も、手続きや申請等において簡素化になるメリットはありますが、本当にそれだけでしょうか。


真意(政府が考える意図)が分からないから不安になり、意味(マイナンバー制度)が分からないから放置&無関心になるのではないでしょうか。


では、ここで言う政府の真意を簡潔に述べるとすれば、現時点では、
「社会保障、税、災害対策」での利用ですが、近い将来、この分野以外で様々な手続きにマイナンバーの利用を絡めていき、健康保険や預貯金口座に紐付け、拡大するように、行政は検討中です。


これらは任意ではなくなり、義務化になるのももはや時間の問題と言えるでしょう。


国による徴税が一層強くなり、なりすまし犯罪も多いなか、一度紛失した個人情報は元に戻ることはありません。


これらを鑑みると、プライバシーの侵害以上に、人権問題に発展しかねません。

このマイナンバー制度に関しては、私達は反対という明確な意志を持って、皆さまに訴え続けて参ります。



そして最後に、俗に言う若者の政治離れは、「政治はよく分からない」「私には関係がない」と言う思いが、顕著に表れているのだろうと思います。


しかしながら、今の現代、若者が政治に置き去りになっているからこそ、若者の意思表示が必要です。


その為には、若者の受け皿が必要です。

若者の声が日本の政治を変えるのです。


若い力を結集し、日本の明るい未来を創造する2016年にして参ります\(^o^)/



真下こうじ
私は現在、地元の京都府舞鶴市を拠点に、政治家の夢を追って、日々政治活動に邁進している者です。


昨年の舞鶴市会議員選挙に出馬させて頂きましたが、早いもので選挙から一年。

以前から挨拶まわりをして、色々な方々と接し感じることがある。

それは、将来に悲観している方が多いように思うこと。

その表現の仕方は置かれた立場によって異なるだろう。


ある人は若者が少ない。
ある人は国のやり方がおかしい。
年金だけではやっていけない。
独居老人でこの広大な土地はどうすればよいか。
介護施設に入所したくても入れない。
なかには、いっそ福島や沖縄にでも行って燃焼してから死にたいなど。

納得のできない世の中や環境に対して、今の自分では、無力で、非力で、いかんともしがたいと言うような、心の叫びに聞こえなくもない。

それらは、愚痴や不平不満、嫉妬として聞こえるかもしれないが、当人に至っては切実な訴えであることに変わりはないだろう。


その様々な声に耳を傾け、同悲同苦の心で受け止めて、夢や希望の持てる方向へと導く。

これはある意味、宗教家の仕事です。


一方、政治家の仕事とは、法律を作るローメーカー(立法者)。

立法とは、国の権力による法律の制定作用です。
税法を制定して、国民から税を徴収することもできれば、法律に従わない国民を罰することもできる。


選挙では、より豊かで暮らしやすい生活を実現してもらえる候補者を国民が選択します。

だが、裏では利権や既得権益などで溢れている日本に、国民の声は本当に届いているのだろうか。

既存のマスコミも政府の傀儡ならば、情報操作でいとも簡単に国民をコントロールし、従わせることだってできるだろう。

この現状を打開せねば、民主主義は単なる形だけで、国民の意思に関係なく、いつしか政府の操り人形になってしまう。


本来、政治とは、自からの私生活に密着に影響するからこそ、選挙では皆必死になってどの候補に投票するかを考えるもの。
そのなかには、投票できる喜びを感じる人だっている。

しかし、日本ではどうか。


私には関係がないと言って投票に行かない人もいれば、「投票する候補がいない」「一票を投じたところで何も変わらない」と、無投票で意思を示している人もいる。


そう考えると、日本はいかに自由に恵まれている国であるかが分かる。

しかし、極端に行き過ぎた自由の恵みは、人間から考える力を失わせることも知らねばならない。

自由という栄華に親しんだ末路は、未来に対して思考停止に陥る危険性を含んでいる。

思考停止の行きゆく先は無関心。

この先も、今と同じようにあるという思いが、人間から未来を考えることを奪っているのではないだろうか。

その無関心のなか、様々な媒体を通じて、私たちの元に入り乱れて情報が届く社会。

そのなかには、巧妙な情報操作で政府の言い分を鵜呑みにする人もいれば、感情論だけで反対する人も出てくるだろう。

政治に関心の無い人からすれば、政策など説明されてもすぐには分からない。

智慧があれば看破できるが、智慧がなければ影響を受けやすい。

これが、自由のよすがに慣れ親しんだ、日本の置かれた現状ではないだろうか。

いずれにせよ、政府と国民、双方の一体感を感じないまま、投票率もくすぶっているように見てとれる。


では、この自由の国日本において、いま何が求められるのだろうか。


20世紀の政治哲学者、ハンナ・アーレントは、『革命について』こう述べている。

「革命の目的は自由であり、自由を目がける限りにおいて、それは単なる反乱ではなく革命ということができる。」

より良い暮らしを実現する為には、一定のルールを守り、他者との協調性を保たなければならないが、国家が敷く規制や統制に自由はない。

自由を創設する為に革命が必要ならば、私は、極端な自由からも革命が必要であると考える。

ここで言う革命とは、
『心の革命』である。


現在、日本の置かれた状況を述べるとするならば、敗戦後、日本人は両手でしっかりと自由を掴んだはずなのに、70年もの歳月が流れた今日では、しっかりと掴まなくても、自由は逃げないのではないかと、その手をゆるめてしまった。


人間という生き物は、努力して得たものでさえも、時間が経てばその喜びは段々と忘れ去っていくものである。


ハンナ・アーレントは、
フランス革命は失敗であり、アメリカ革命を一種の成功とみなしているが、そのアメリカ革命の失敗について、こう指摘している。


「思考(思想)と記憶の失敗によって失われたものは、明らかに革命精神だった。革命精神が忘れ去られたのち、そのなかでアメリカに残されたものは、市民的自由、最大多数の個人的福祉、そして平等主義的、民主主義的社会を支配する最大の力としての世論であった。この変化は、公的領域に社会が侵入したこととまったく正確に対応している。」

簡潔に言えば、

「アメリカはもはや、共和政が「自由の創設」を通じて自覚的に打ち立てられたものであることを覚えていない。政治思想に対する関心は革命が成功するとすぐに消え去ってしまい、その結果、革命精神も失われてしまった。これは重大な失敗だと言わなければならない。その結果残されたのが、市民的自由、個人の福祉、そして世論である。」


自由とは、私たちの手で守っていかなければならない反面、その自由を壊すもまた人間であることを決して忘れてはならない。


一日一日を生きる私たち人間にとって、どの時代、どの国においても、感激や感動というものは意識して振り返らない限り、一夜にして忘れ去ってゆく。

その傾向性を知っておかねば、人間は再び、同じ過ちを繰り返し起こしてしまうことになるだろう。

そうならば、生まれてきた時から当たり前のように、自由を享受している私たちにとって必要な心とは、改めて、自由の恩恵に感謝すべき心ではないだろうか。

一重に、先人たちの努力のおかげで、こうして自由を享受できる私たちであるならば、この自由という余韻にただ浸るだけでなく、いかにしてこの素晴らしき自由を後世に遺しておけるかを、責任を持って考えなければならない。


実に、この考える力が、私たちの行く末を、日本の未来を決める鍵となる。

その源は、感謝の心。

私たち人間は、勝手に成長し、勝手に大人になったわけではない。

どんな時でも、誰かしらに救いの手を差し伸べられ、こうして生きてきたことを振り返らずして、感謝の心など湧いてはこないもの。


現代の日本人にとって、心の革命とは、先人たちや大いなるものに感謝する心にあたるのかもしれない。


この自由な国が当たり前にあると思っているからこそ、感謝する心、考える力を見失い、数多くのしがらみが蔓延ってしまったならば、その時代に終止符を打ちたい。いや、打たなければならない。

そして、日本の未来を真剣に考え、先人たちから築かれてきた素晴らしき自由を、未来永劫、遺し続ける。


神の心を我が心とし、人に奉仕することを厭いもしない高貴なる義務を持ち、ただひたすらに、ただ実直に、自由からの繁栄を心の底から成し遂げんと誓うのみである。


そこに、宗教的信条、宗教的信念を心に刻む政治家が、自由の大国、日本において、大事なものを見失った人々の心に、必ずや灯をともすことと信じて。


感謝の意を込めて本年を締めると同時に、来年も鉄心石腸の思いで、日々努力精進して参ります。


真下厚司